日椎という男を認識してから、何となく目で追うようになった。


今まで特段気にしていなかったせいか、一度気に掛けると視線が勝手に日椎を追い掛けてしまう。


そして今日は、


「ーーーこの、最低男ッ!!!」



ちょうど日椎が振られるという最悪のタイミングで後ろを通り掛かってしまった俺。


彼女は平手打ちを一発入れて走り去っていく。


うわぁー……また叩かれてるし。


俺が通りかかったのは日椎の背中側。

このまま静かに立ち去れば気づかれないよな。

忍び足で一歩を踏み出した瞬間、それまで微動だにしなかった日椎がくるっと後ろを振り返った。



「あ………」
「……………」


なんて間の悪い……。


「ええっと…………」



初めて間近で見る日椎の顔は、やっぱり整っていて、何の感情もなく真っ直ぐ見られると妙に迫力がある。


「ご、ごめん………。見たくて見た訳じゃなくて、通り掛かったら偶然タイミング悪くて、その……。」


別に謝る必要も弁解する必要もないんだけれど、無言の視線に耐えきれず、しどろもどろ。


「……なんでアンタが謝るの?」


初めて聞いた日椎の声音は怒っているんでもなく、ましてや優しくもなく、何の抑揚も感じられないものだった。



「あんまり見られて気分の良いものじゃないだろ。一応謝っておこうと思って……」
「……別に気にしてない。」


日椎は興味をなくしたように俺から視線を外すと門の方へと足を向けた。


「あ、あのさ!」


別に用もないのに、反射的に横切った背中に声を掛けていた。


「………何?」


肩越しに俺を見る日椎は、心底面倒臭そうな顔をした。


「それ、」
「?」
「その殴られたところ、痛くないの?」
「……………別に」


短く告げて、再び歩き出そうとした日椎の前に回り込む。


「ま、待てよ。」
「……………今度は何?」


日椎の眉間にシワが寄る。

俺は自分の服の袖で、日椎の口の端から流れ出る血を拭い、ポケットから絆創膏を取りだし、差し出した。


「血ぐらい拭えよな。」
「…………」

日椎は暫く差し出された絆創膏を眺め、瞠目していた。


「………アンタ、お節介って言われない?」
「なっ………」


人の親切心をコイツはーー!


「まぁ、でもありがとう。」


差し出された絆創膏を手に取り、ふわっと笑んだ日椎はそのまま立ち去っていく。


なんだ、笑えんじゃん……。
いきなりすぎて、ちょっとドキドキしたわ。

「イケメンが笑うと、兵器だな。」


と言う呟きを聞かれていて、日椎が小さく笑っていたことなど俺は知る由もなかった。