「ねえ、そろそろ、行く?」
「え?」
「大家さんのとこ。」
猫を抱き上げて窓の外に出す。
猫が寂しそうに「ニャー」と鳴く。
「ごめんな、しげ。」
「しげ?」
「この猫の名前。しげ。」
「そうなんですか。」
頷くと、田中さんは車椅子を開いてくれた。
何だか、申し訳ない。
「すいません。」
「なんで謝るのさ。当然でしょ、これ。」
ニコッと笑う顔はやっぱり優しい。
冷たい私の部分を
優しく温めてくれる気がした。
「あの、猫。」
「ん?」
「何でしげ何ですか?」
少し黙って、彼は答えた。
「俺の元妻の名前から取った。」
「え……。」
ちょっと困った。
だって、そうだとは思わないから。
傷付けた?
田中さんを……。

