「あ、ついでにこいつの名前は高橋ひとみ」


「んもうっ!ついでとか酷いです先輩!」


眉を下げ、両手で河西くんの腕を大きく許す高橋さん。


一般的には男性からしたらドキッとするような仕草かもしれないけれど、少し嫌な気分がした。



「そ、そうだよついでは酷い!」


この嫌な気持ちを悟られないように、私も高橋さんに同調する。


一瞬だけだ、この気持ちは。




「先輩の彼女さんってこの人だったんですね。彼女できたっていうのは部内で噂になってたから知っていましたけど」


「え、噂になってんの?」


「なってますよ。河西先輩はサッカー部の王子様みたいなものです。だから河西先輩の情報は筒抜けなんです」


...凄いなぁ河西くん。


私はとんでもない人と付き合っているみたいだ。


モテることはもちろん知っていたけれど。


「あ、工藤先輩の人気もそこそこありますから心配しないで下さいね!」


高橋さんは、私の後ろにいる"その人"にも声を掛ける。


パッと振り返ると、私のすぐ真後ろに工藤くんが立っていた。


「うわっ」


居たことに気づかなかったための驚きと、鋭い目付きで私を見下ろす工藤くんへの少なからずの恐怖で二、三歩後ずさりする。


「何だよ、その幽霊見たみたいな反応は。高橋も言ってること地味に酷いからな?」


「そっか、工藤くんもサッカー部だったよね」


合宿の日から喋るようにはなったが、私と工藤くんは特別仲が良いというわけではなくて。


と言うよりも、工藤くんはクラス内でいろんな人と関わっているから、毎回一緒に行動するような関係性ではない。


だから、思い出したかのような言い方になってしまった。


すると、工藤くんは膝を抱えてしゃがみこみ、人差し指で廊下を何か文字を書くようにいじり始めた。


「どーせ俺はエキストラですよーだ」


「あ、いや工藤くん…?」


拗ねる工藤くんを宥めようとするが、高橋さんはそんな彼を無視して私に顔を向ける。


「鵜崎先輩、これからよろしくお願いします!」


笑顔で手を差し出す高橋さんに応えるように、工藤くんを横目に私も差し伸べた。


「こちらこそ」


後輩と接点がなかったから、こうして顔見知りになれてよかったかも。









その日の放課後。



「あ、そういえばさ、鵜崎この前遊園地行きたいって言ってたよな。実は...」


カバンからチケットのようなものを2枚取り出した。


「これ、親父に貰ったんだ。親父の友だちがここの株主でさ」


それは、都内で一番規模の大きな遊園地のチケットだった。


「今週の日曜、空いてる?」


「うん!!」


「よし、じゃあ行こうぜ」



何気なく言った一言を覚えていてくれていたことがとても嬉しかった。


河西くんからチケットを1枚受け取る。



そしてすぐに手帳を取り出し、予定を書き加えた。