「…あのさ、来週の土曜日、実は野球のチケットとってたんだけど、さすがにもう一緒に行けないよな?」


毎年春兄と二人で何回か野球観戦に行っていた。


だから春兄の言葉に驚くこともなかったのだけれど、きっと河西くんと付き合い始めたのを知っているから、こういう言い方をしたんだよね。


何も言えずに黙っていると、春兄は続けた。



「…ダメ、だよな。大学のやつと行ってくるわ」


「ま、待って!!河西くんに聞いてみる!!河西くん、春兄のこと大好きだから、もしかしたら許してくれるかも!!ちょっと待ってて!!」


そう言い捨て階段を駆け上がり、携帯を手に取って河西くんに電話をかけた。





『もしもーし!どうした?』


「あのさ、春兄と野球観に行ってもいいかな?」


単刀直入すぎたかなと、言ってすぐに後悔した。


ちゃんと説明しようと再び口を開くと、私よりも先に河西くんが声を発した。


『いいぞ〜!!羨ましいな〜春兄さんとデートか!!なーんつってな!!はっはっはっ』


さすがにこのノリに拍子抜け。


と言うか、その言い方だといいのかダメなのかわからない際どいラインだ。


「い、いいの?ダメなの?え?」


『だって春兄さんだろ?どうせ前から決まっていた予定で、俺と付き合うことになったからって春兄さんが気遣ってくれたってわけだ?』


…大体合っているし。


河西くんって一体何者?


「う、うん。実はそうで…でも河西くんが嫌なら断るよ?」


『何でだよ?行ってこいよ』


電話の向こうから聞こえる河西くんの優しい声。


『ありがとう』と言って電話を切った。






階段を駆け下りて春兄を捕まえた。


まだ洗面所の所にいて、壁に寄りかかって下を向いている春兄の服の袖をギュッと掴んだ。


「おっ、藍」


「行っていいって!!」


「…え?」


「だーかーら!!行っていいって、河西くん」



毎年の私たちの恒例行事だったから、それが無くなるのも寂しい。


河西くんがいいって言ってくれたから、そこはお言葉に甘えさせてもらおう。



「いいのか?」


目を丸くして驚く春兄に笑顔で大きく頷いた。


「うん!土曜ってことは、デーゲーム?」


「そうそう。じゃあ、行くか」


ようやく春兄にも笑顔が戻った。


春兄が笑うと安心するし、私も嬉しい。


春兄の笑顔は大きくて不思議な力を持っている気がする。



「うんっ!!」


私はさっきよりも大げさに頷いた。