タクシーが病院前に到着し、料金を払って飛び出した。
そして再び携帯が鳴る。
「もしもしお母さん!?」
『藍、もう着いてる?』
「うん…今、病院前に着いたよ」
『お母さんも向かっているから。じゃあね』
電話を切り、病院に入る。
ここに来ると儀式のように、深呼吸して気持ちを落ち着かせるようになった。
一歩、また一歩と足を踏み出す。
"竹内 春人 様"
ゆっくりと扉を開いた。
最初に目に入ったのは、春兄ママ。
「藍ちゃん…」
そして…
「…藍」
身体を起こした状態の、春兄だった…
「藍、誕生日おめでとう。遅れてごめんな」
久しぶりに見た春兄の笑顔。
今まで我慢していた気持ちが崩壊し、涙をこぼした。
「…る…はっ…春兄…」
「2時間くらい前に目が覚めたんだって。私一度家に戻ってて。連絡が入ったの、ついさっき」
ふとベッド脇のテーブルを見ると、あの手紙が無くなっていた。
不思議に思っていると、春兄は春兄ママに声を掛けた。
「悪い…ちょっと藍と二人にさせてくれない?」
「えっ?」
すると春兄ママは、春兄の肩を軽く叩く。
まだ痛みがあるのか、春兄の顔が少しだけ歪んだ。
「全く。親を追い出す息子がどこにいるのっ」
「あ、いやそうじゃなくて…」
焦って弁解しようとする春兄に笑顔を向け、春兄ママは病室を出て行った。
私と春兄の、二人きり…
急に緊張し出して目を合わせられないでいると、春兄は優しく言葉を掛けてくれた。
「藍…これ」
そう言って、春兄は枕の下から無くなっていたはずの、あの手紙を取り出した。
「あ、それ」
「目が覚めたらテーブルにあって、読んだんだ。書いてあることが信じられなくて…俺、頭打っただろ?幻覚でも見てるのかと思ったんだ」
それを聞いて急に恥ずかしくなった。
もちろん、春兄に読んでもらいたくて書いた手紙。
だけど、実際こうなるとやっぱり恥かしい。
だって、手紙で告白なんて初めてだったのだから。
「俺はフラれるつもりであの手紙を書いたんだ。ケジメのつもりで。だから藍の気持ちにはビックリしてる」
「春兄…」
手紙を見つめていた春兄の視線が、ゆっくりと私の方へと向けられた。
「藍、直接言わせてほしい」
「っ!」
手招きをされ、それに従い春兄に近づく。
春兄は私の両手を取り、優しく包み込むように握った。
そして私の目を見つめ、柔らかい笑顔で言ったんだ。
「藍が…好きだ。俺と、付き合って下さい」
その言葉に涙腺が崩壊し、春兄に抱きついた。
春兄が目を覚ました、喜び、安心感、そして春兄から告白されたという幸福感。
様々な感情が交わる。
泣きながら抱きついている私を優しく抱きしめ返してくれる春兄。
「…藍、返事は?」
そんなの…決まってるじゃん。
「私も春兄が好き。大好き。これからは"恋人"として、よろしくお願いします」
やっと通じ合った私たちの想い。
たくさん傷つけ、悲しませてしまった過去にさよならしたい。
でもこんなこと言ったら、きっと春兄は…
『嬉しい思い出も悲しい思い出も、全部大切にしたい。藍との思い出だから』
なんてこと、言うんだろうな。
「藍、ずっと大切にするよ」
今までも大切にされてきたもん。
今度は私の番だ。
春兄のこの優しい笑顔を、ずっと守っていくよ…



