10年愛してくれた君へ


優しい空間に癒されながら、俺は小説に没頭していた。


すると部屋のドアが開き、藍のお母さんが顔を覗かせる。


藍の姿を見たお母さんは、眉間にシワを寄せて中に入って来た。


「やけに静かだと思ったら居眠りなんて…!春人くんに失礼だわ!」


藍を起こそうとするお母さんを止める。


「俺こういうの、嫌いじゃないんで」


俺は迷惑だと思っていない。


むしろこの空間にずっと浸っていたいくらいだ。


そう言うと、お母さんは『なんて優しい子なのよ…』と、思いきり俺に抱きついて来た。その勢いに少し体が傾く。


「春人くん、絶対将来藍を貰ってね!」


「あ、いや、それは藍が決めることなので」


「いーえ!絶対!絶対よ!?」


俺の目を真っ直ぐ見てそう言ったお母さんは、そそくさと部屋を出て行ってしまった。





しばらくすると、藍が小さく唸り声を上げ始め、心配になりさすがに声を掛ける。





「藍…藍」


「は、春兄!!」



ばっと顔を上げた藍の目には、涙が溜まっていた。



「藍、泣いた?」


「え?」


慌てて目を擦る藍。


そんなことしたら、目が赤くなるだろ?そう思い、『怖い夢でも見た?』と、親指で藍の涙を拭う。


すると、俺のその行為が嫌だったのか、顔を背けてしまった。ズキンと痛む心を隠しながら謝る。


いつもと様子の違う藍の目がしっかり俺の方を向いていないことに戸惑いながらも何とか声を掛けると、藍は時計を見るなり騒ぎ出した。



「春兄!もう19時!」


…1時間経っていたのか、あっという間で気づかなかった。


寝てしまったことを必死に謝る藍の姿に愛おしさが増す。


多分今日の藍は勉強できるコンディションではないと思い、俺は帰った。


日を改める連絡を入れてその日は終わった。