10年愛してくれた君へ


先日面接を受けた企業の最終選考が通り、無事に内定を貰ったことを両親や藍に伝えてから数日、鵜崎家で内定祝いをしてもらう事になり、鵜崎家を訪れる。


俺の為に手料理を振舞ってくれる藍。


近状報告をしながら食事をとっていると、藍が席を外したため、俺も彼女に着いて行く。


実は、毎年藍と野球観戦に行っており、だいぶ前からチケットを確保していた。


その後に藍に彼氏ができたため、誘っていいのかどうか迷っていた。


彼氏がいる女の子を誘うなんて無粋だと思ったけれど、一か八かで誘ってみると、意外にもOKの返事が。


彼氏の河西くんも快諾してくれたという驚きの連続も。





迎えた当日、土曜日という事もあり、球場は人が溢れかえっていた。


小柄な藍だから、目を離すと見えなくなりそうで、迷いながらも藍の手をギュッと握った。



「はぐれそうだから。ちょっと我慢してて」


手を握ったりなんかしてごめん、嫌だよな。


少しだけ、我慢していてくれ。




場内に入り、ちょっとしたトラブルに見舞われながらも何とか着席する。


彼氏がいるのに誘ったことを藍に謝ると、彼女の口からは意外な言葉が。



「春兄には...もっと自分の気持ちも大事にしてほしい」


…え、俺の気持ち?


「あっごめん、あの...ほら、春兄はいつも私のこととか、他の人のことを第一に考えてくれるでしょ?だからたまには、春兄自身の気持ち、もっと出してほしいというか...もっと我儘になってもいいんじゃないかな?って」


「そんな、我慢とかはしてるつもりはないけどな」

いつもそうしたくてしている。


だから気にしたことなんて今までなかった。



「春兄はそう思ってるかもしれないけど。でも意識していないところで、気持ち抑え込んでることもあるよ、きっと」


そう言う藍の顔は、少し大人びて見えた。


南との過去を知られたくないがために隠して来た自分が、とても小さい人間に思える。


藍、いつのまにこんなに大人になったのだろう。


ずっと俺の後ろをちょこちょこ着いて来ていた藍。


この子を守らなきゃと思い続けていたが、どうやら藍の方がしっかりしているみたいだ。



試合が終わり、『また行こうね!』と言う藍に悪戯っぽく答えると…



「もちろんだよ!家族行事みたいなものだし」



笑顔でそんなことを言うものだから、複雑な気持ちになった。


"家族行事"か…そうだよな、俺たちは実の兄妹みたいな関係だもんな。


一緒に行ってくれるってだけでありがたいじゃないか。



そう思いながらも、帰り道はずっとその言葉が頭の中をぐるぐる回っていた。