10年愛してくれた君へ

「あ、そうなんだ。今日もお疲れ様」


「ありがとな。で、藍は?何か用なんだろ?」


「うん、ちょっとお届けもので…」


カバンからパーカーを取り出すと、"他の何か"も一緒にくっ付いてでてきて、それはひらりと下に舞い落ちた。


「ん?何か落ちたぞ?」


それを春兄が拾い、まじまじと見つめる。


「…合宿するのか?」


「あ、そうなの。うちのクラスの担任がそりゃもう物凄い熱血教師で、進学予定の野郎どもは強制参加!とか言っちゃって、今日ずーっとその説明してたの」


「へー、大変そうだけど、生徒思いのいい先生だな」


行動表をパラパラめくる春兄。


「球技大会なんてやるのか?女子はソフトボールだって。かなり絞られてんな。藍ソフトなんてやったことあったっけ?」


「んー、ないけど、何とかなるかな〜みたいな?周りの子みんな出来るわけじゃないし、そんなガチな大会でもないしね。ちょっとした息抜き程度でしょ。それより、はいこれ。春兄の忘れ物でしょ?」


パーカーを春兄に差し出すと、表情がパァっと明るくなったのが分かった。


「おー、藍んちにあったのか。結構気に入ってたからさ、無くしたと思って結構落ち込んでたんだ」


「なにそれー!気に入ってたなら忘れないでよ!春兄って地味に天然入ってるよね」


「悪かったな。でも残念だなー。藍にキャッチボールでも教えてやろうと思ったけど、ガチじゃないならそれも必要ないな」


「え、でも春兄就活で忙しいじゃん!」


だから春兄には頼めないなーと思っていたのだけれど。


「息抜き程度にだよ。俺もたまには運動したいしな」


「春兄大学で野球やってるよね?そっちあるじゃん」


何も考えず発した言葉に春兄は少し困った顔を見せた。


あれ?何かまずいこと言っちゃったかな。



「んー、大学の野球とは別で、藍とキャッチボールしたいなって思っただけ」


私を思っての言葉かな?


恥かかないように手ほどきしてくれるっていう優しさ?



「優しいね、春兄は」


「ん?何で?」



分からなくていいよ。


無自覚なのが春兄らしいもん。



そんな気持ちを込めて、私は『何でもない』と答えた。



「じゃあ、用はそれだけだから!私帰るね」


「あ、うん。じゃあな」


一瞬何か言いたげだったけど、すぐにいつもの柔らかい表情に戻ったので、あまり気にしなかった。