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「帰る前に1箇所だけ寄りたい場所があるんだけど、いい?」

「うん」

フェリチタの半歩前を行く青年はいつも通りの涼し気な顔で、現実に戻ってしまうことをほんの少しだけ寂しいと感じてしまうのは自分だけなのだろうか、と彼女は彼に気づかれないように薄く笑みを浮かべた。

連れてこられたのは大きな通りに面した小さなパイ屋。店の前で恰幅の良い女性が酒呑み達と笑っている。

女性はこちらに気がつくと目を丸くして満面の笑みを浮かべた。

「おや、レイオウル殿下!えらく久し振りじゃないですか」

「最近忙しくてなかなか来れなかったんだ」

「小さな時は度々抜け出して来てたくせに。今はそれほど好きじゃないんでしょう?」

「まさか。僕はここのパイが一番だと自信を持って言えるよ」

笑む顔が柔らかくて、店主とレイオウルが旧知の仲なのだろうとフェリチタは微笑ましく見つめていた。

「出来立て熱々の物をすぐお包みしますよ。ええと……あれっ、お連れ様?」

と、そこで隣に立つフェリチタに気づいたようだった。

「あ、初めまして、」

どう自己紹介したものかと考えていると、フードの中をひょいと覗き込んできた女性が目を大きく見開いた。


「──フェリチタ、フェリチタじゃないか!」