「……王子?」

鈴を振るような可愛らしい声が頼りなく少年の耳朶を震わせて、彼は無意識に1歩後ずさった。

これは誰だ?まさか、いつも冷たい目をしているあの少女なのか?

溢れる涙を手の甲で拭い、顔をくしゃくしゃにして鼻を赤く染めている少女は年相応の幼さを感じさせる。

少年は今まで少女に抱いていた不満をすっかり忘れてたずねた。

「どうしてこんなところで泣いてる?」

「……言いたくない」

少年はムッとした。可愛くないのには変わりない。しかしふいっと顔を背けた少女が左の手首を庇ったのを見咎めて、強引に腕を掴んで袖を捲りその場所を露出させた。

それほど大きくはないが、ぱっくりと開いた傷痕。それほど時間は経っていないのか、まだ新しい血が滲んできている。

「いたいっ!はなして!」

暴れる少女に少年は大人しくぱっと手を離した。そして呆然となる。

「それは怪我とかじゃない……刀傷だろ、誰かに斬られたのか?」

手首を押さえたまま暫く言いたくなさそうな顔で逡巡していた少女だったが、結局口を開いた。

「……お城の人たちは、どうやったら私が『きせき』を起こせるか調べてるんだって。それで、今まで色々したの。本当に色々だよ。呪文みたいなのを唱えてみたり、瞑想してみたり、楽しい事をしたり、美味しいものを食べたり、悲しい出来事を聞いたり、もっと色々怖いことも……それで今日は、」

「斬られたのか?」

怖くて手当してもらう前に無我夢中で逃げてきちゃった、と力無く笑う少女に少年が目を見開いた。