「……さて」
フェリチタはその声にびくりと身体を震わせた。振り返ることができなかった。先程の出来事のせいで、ここに来てから、ずっと無意識に押し込めていた恐怖心が溢れ出てきていた。
……本当はずっとこわかった。
レイオウルも自分の事を本当は煩わしいと思っているのではないか?連れてきたことを後悔しているのではないか?
(もう、貴方が私の事を要らないと言ったら、どうすればいいのかわからない……!)
もし今帰ることができたとしても、自分が今までと同じように森人を騙し率いて戦の聖女として振る舞えるか自信がなかった。母親にさえ、不信感を抱いていた自分。偽りの役割を演じる事に抵抗を覚えていた自分。もしかしたらここに連れてこられて『聖女』の役目から離れることができて、少し安堵すらしていたのかもしれない。
捕虜にされてもずっと冷静だったのは、単にそうしていないと壊れそうだったから。捕虜という立場に拘っていたのは、そうしないと自分の今立っている場所が分からなくなりそうだったから。
だって、どれだけ考えても、どうしてレイオウルが自分を連れてきたのかわからなかったから。捕虜という確かな立場に縋り付くしかなかった。
フェリチタは再び腰に手をやった。無意識に、酷く震える、抑えられない、何も無い場所を握り締めようとして──
強ばった彼女の手を、大きな手のひらがすっぽりと包んだ。
その驚くほどの温かさに、自分の手が冷えきっていたのだとやっと自覚する。


