「その勇気は尊重したいけど、僕はお前を斬りたくない。怖いなら尚のこと──」

恥ずかしい。恥ずかしい。気づかれている。

「……っ、煩い!」

嫌な音を立てて滑ったサーベルが、レイオウルの甲冑の肩に当たって跳ねた。

「仕方ない、か……」

ため息をつくと、心底嫌そうにこちらに踏み込んだ。今まで全く本気を出していなかったのだろう、目を見張るフェリチタが何も出来ないままあっという間に近づかれる。

レイオウルが軽く振った切っ先がフェリチタのヴェールを斬り裂いた。

「──!」

顕(あらわ)になるフェリチタの顔を見て、息を飲んだのは何故かレイオウルの方だった。

至近距離で見つめ合う2人は、時が止まったように動きを止める。

フェリチタの白銀の長い髪が、花弁のようにふわりと宙を舞う。美しい空色と琥珀が、お互いの色を自身の瞳に溶かす。どちらがどちらを見ているのか、それすらもわからなくなって。

瞬きもできないまま、フェリチタは無意識に唇を開いた。

「……?」

何を言おうとしたのか、わからないのに。

(何、この気持ちは。こんな不思議な、変な気持ちになるのは)

不快感では無い。一番近いのは……旧懐。

こんな綺麗な人一度見たら忘れるはずがない。私はこの人と出会ったことなんてない。だから、懐かしいなんて思うはずない、のに。


唇が抑えようもなく震えて、それなのに何も言えない。

(どうして、そんな顔をするの)

青年は大人びた顔立ちに似合わない、迷い子のような、心細そうな表情(かお)をしていて。

「僕と一緒に来い。勿論、拒否権は無いけど」

頼りなく囁かれたその声は、風に溶けて。

そんな彼がぎこちない仕草で振り上げた剣の柄で首筋に鈍い痛みを覚えたのを最後に、フェリチタの視界がふっと闇に染まった。