「……あ、ちょっと!おい娘、待て!」

まだざあざあと激しく降り頻る雨の中、フェリチタは既に出来上がった水溜まりを踏み締めながらひとりぼっちで駆け出した。

戦場を横切り川沿いに国を縦断していく。てっきり戦場だけかと思ったが、どうやら違うようだ。どこまで行っても雨は激しく身を叩く。国中に雨が降っているようだった。

争いの終焉を告げる雨が……大陸中に降り注ぐ。

走っている途中に、靴は何処かへ飛んでいってしまった。剥き出しになった足はヒリヒリ痛くて、全身ずぶ濡れで身体はとても重かったけれど、息を激しく荒らげながらどうにか城下町まで辿り着く。

「そこの娘さん、まぁこんな所で一体どうしたんだい!そんなにボロボロになって!ほら、これで拭きな!別嬪さんが台無しだよ!」

「アン、さん……?」

大きな傘をさしながらフェリチタにタオルを手渡してくれたのはあの恰幅の良いパイ屋の店長だった。フェリチタの声に目を丸くする。

「……おや、私の名前を知っているのかい?見ない顔だけどどこの子かい?家は?」

「あ……えっ、と……」

(そっか……ずっと前の小さな私の事を覚えていた、この街の人たちも、そう、本当のお父さんとお母さんも……もう私の事を全て忘れてしまったんだ、ね。そっか……そっか)

戦いを終えるために奇跡を起こしたいと、自分が望んだことなのに。自分の命を引き換えにしてでもと、終結を望んだのに。いざ実際に奇跡が起こってみれば、こんなに虚しいなんて。

この虚しさが、本当の対価だったのかもしれない。奇跡はそう安くは無いのだろう。

皆の記憶の中からフェリチタは“消えて”、この戦いは幕を閉じる。

もう自分を覚えている人は誰もいない。

そう、レイオウルも例外ではない────

そう思った瞬間、ぶつりと何かがちぎれた。

頬を伝う甘い雨粒さえもかき消す程に、まるで感情のスイッチが壊れたようにとめどなくぼろぼろと流れ落ちる涙。

『悲しい』以外心の中に何も無くなって。口から飛び出たのはただひたすらに喉を枯らす慟哭だった。

「……うっ……っう、う、わあああああああ────」

それは、きっと他の誰も本当の意味を知らない、

一人ぼっちで戦争を終わらせた聖女の、独りぼっちの凱旋唄だった。