■
掌でぐっと乱暴に頬を拭う。べっとりと付着したものが自分のものでは無いとわかって、視界に入れないようにその手をだらりと下げた。
前線に向かうにつれ、明らかに敵の質が変わってきているのがわかった。自分も無傷というわけにはいかない。少しずつ蓄積されていく小さな傷を確認して、まだ動くのに支障はなさそうだと頷く。
極力他の騎士達に戦わせたくない。自分が剣を振るうことで、仲間達の犠牲が減ればいい。
ふうっと肩で息をした、その瞬間───レイオウルは反射的に身体を限界まで逸らせた。
「ぐぅっ……!?」
ほぼ同時に刃先が風を唸らせて通り過ぎる。ジッと背筋が粟立つような不気味な音を立てて甲冑を掠めて、レイオウルはどっと冷や汗が出てくるのを感じた。ちらと目の動きだけで確認すると、甲冑の方が削れている。
(何て速度に威力だ!こんなの、当たれば一撃で……)
心臓を冷たい手でぞわりと撫でられるような悪寒。殺気を感じ咄嗟に回避したのが功を奏したが、もう一度やれと言われてできるかは少し自信が無い。
レイオウルは身体を反転させた。相対したのは如何にも森人然としたがっしりとした体格の大男だった。肩幅や身体の厚みなど、人間にしてはかなり鍛えられているレイオウルの倍ほどもあるのではないかと思われる。
とても人間では使えないだろうと思われるかなり大振りのランスが右手のみでくるりと振り回され、まるでダガーのように気軽な扱いだ。
纏った重厚なオーラが幾多の戦場を潜り抜けてきたのだということをこちらに悟らせる。まるで鬼神のようなその姿は、見るだけで圧力を感じさせた。


