(自分の事を忘れてなんて言っておいて……本当に狡い。こんなの、忘れられるはずないのに……)

レイオウルはすっとフェリチタに向けて右手を伸ばした。

「手を握って寝て欲しいな」

「……うん」

フェリチタが指先で触れると、青年は少女の手をふわりと包んだ。

皮が厚く幾つもマメの痕跡がある力強い手。フェリチタの知らない間に、レイオウルはどれだけ鍛錬を詰んできたのだろうか。本当はフェリチタが一緒に歩んでくるはずだったその軌跡を辿ることは、もうできない。

片手の酷く安心するぬくもりを感じながら、少女はぽそりと呟く。

「私がきみを好きだって言ったこと。きっと思い出してね」

微妙にずれた言葉と目を合わせないフェリチタにレイオウルが首を傾げる。

「もちろん。まず忘れる訳ないよ。他の何を忘れようと、お前の事だけは忘れないから」

「……そっ、か。それならいいの」

力強い彼の口調はむしろフェリチタを虚しくさせた。

今だって忘れてるくせに、そんなの説得力全くないんだから、と……でも、それは口にできないから。

「おやすみ、フェリチタ」

きっと目覚めればきみはいない。それがお別れの言葉のつもりなんでしょ。

……わかってるんだからね。

だから優しい声に応えずに、少女はゆっくりと目を瞑った。

『あいしてる。』

口の動きだけで発したその声は、彼には届いていない。

好きなんて言葉じゃ足りない。

でも、今更口にするにはあまりに遅いから。

張り裂けそうな想いが抑えきれずに溢れて、熱い涙がほんの1粒だけ閉じた目の端から零れた。