「……“忘れている”?……ああ、土砂崩れで記憶喪失になった話?それより前の思い出話ってこと?そういえば、あんまり昔のこと話してくれなかったよね、皆。私に気を遣ってくれてたの?」

「違う」

「じゃあ」

「──フェリ」

鋭く呼ばれてフェリチタは言葉を途切れさせた。

「お前は長に騙されている。あの人はお前の母親なんかじゃない」

「…………あははっ、急に何言ってるの?ヤーノったらおかしいよ」

フェリチタの笑い声が尻すぼみに消えていく。縮んだ喉から細い呼気だけが漏れる。

「俺は自分が知っている事を話す。それを聞いて気が狂ったとでも何とでも思ってくれて結構だ。ただ、目を背けないでちゃんと聞いてくれ」

フェリチタの無反応を肯と受け取り、彼女の幼馴染みの森人の青年は口を開く。

「俺も周りの皆と同じように、何も疑いなくお前が聖女だと信じてたよ。
でもある日長を呼びに部屋に行った時……こっそり見てしまった。見えてしまった。長の部屋に、記憶混濁、記憶改竄、記憶喪失などの効能を持つ薬草がある事を。いや、それ自体は森人として変な事じゃ無い。問題はそれを使って調合した薬を俺達の飯に混ぜていた事だ。『贄』だよ。俺達が毎日食べてただろ。あれに混ぜて、不審がられないよう、かつ絶対に口に入るようにしてたんだ」

「……贄……!」

脳裏に蘇る赤。と同時に、そんな事の為にやらされていたのかと憤りがふつふつと湧き上がってくる。