hacchi嬢は勝気な笑顔を碧羽に向け、「先に行ってるね。テイクがんばって♪」と言い残してドアの向こうへと消えていった。

 非常階段の踊り場で、ひとり取り残された碧羽。先程まではそう感じることのなかったオフィス街の雑踏が、今は鮮明に耳へと届いて煩わしく思う。

 碧羽は彼女に言われたことを復唱する。

「凛のことが好き……まだ好き……まだ……好き、なんだ」

 元カノである有栖川との関係は、散々耳にしたから驚くことはなかった。

 女性にだらしなく、手当たり次第に関係を持つ彼の下半身事情も、これまで碧羽は言葉半分として聞き流してきたのだ。

 けれども噂を耳にする度に走る、不可解なる胸の痛みの訳は説明がつかなかったのだ。BL小説やコミックを読む度にシンクロする、主人公の切なくて苦しい心の葛藤。

 碧羽だって確かにそれを感じていたのだ。

 だが今までは、人間関係が希薄すぎてスペックが足りなかったのだ。だから彼女自身の胸裡を理解するのに、長い時を要したのだ。

 だけども今わかった。hacchi嬢のおかげだ。といっても、宣戦布告をかましてきた当人から気づかされるとは、なんとも皮肉ななはしではあるが。

 とはいえ碧羽は気がついた。

 自分の気持ちを正しく理解したのだ、凛が好きなのだと―――