対して彼女は明後日の方を向き、「それ何のこと? アンディーったら妄想激しすぎ……チッ、見破ってんじゃないわよ」と、忌々しそうに吐き捨てた。

 安藤が非常口に消えていくと、hacchi嬢もそれにつづく。ふとドアのまえで立ち止まった彼女が碧羽の方へとふり向き、シリアスな顔して忠告を口にする。

「ねえ碧羽ちゃん。有栖川って子……気をつけた方がいいわよ。私は昔から色んな大人たちの間で仕事してきたから、腹の内とか見えちゃうの。あの子は目的のためなら、何するか分からないよ」

 様々な人種や年齢層、欲望渦巻くモデル業界で生き抜いてきた彼女は、酸いも甘いも経験をしてきた。

 人の本質を見抜く慧眼(けいがん)は、同世代の其れより遙かに上回る。

「どういうこと? 有栖川さんが、わたしに何かひどいことをするって言うの?」

「まだ分からない。あの子にどれだけの根性があるか……次第じゃない? ああ、それからね、私――まだ凛のことが好きなんだよね。だから碧羽ちゃんとは恋のうえでもライバル? かな♪」

 hacchi嬢は、碧羽をビビらせるだけビビらせ、そして最後にトドメの矢を放った。

 白羽の矢でも破魔矢でも三本の矢でもない、威力絶大なる恋の宣戦布告の矢が碧羽の的に命中する。