「いつまで過去にとらわれてるんだ? もっと今の自分に自信を持てよ。他の誰でもない俺がそう言ってるんだ。間違いないだろ。だから、俺以外の男がおまえに惚れても仕方ないんだ。でも――」


抱きしめた身体を少し離す。


「それでもおまえは俺だけを見てろ。俺もおまえしか見てないから」


俺にとってはなかなかに難易度の高い台詞だ。
でも、嘘偽りない俺の願いであり俺の想い。

どんな男が近付いて来ても、その目を俺から逸らさないでくれ。
嬉しそうに微笑む顔は、俺だけのもの――。


「うん……」


顔を真っ赤にして頷く文子の姿に、こちらまであとからあとから恥ずかしさが込み上げて来る。


「まあ、でも、俺は昔の派手だった頃のおまえも嫌いじゃないよ」


俺はその恥ずかしさを誤魔化すようにもう一度文子を抱き寄せた。


「え?」

「そもそも俺がおまえを好きになったのは、まだおまえが派手だった頃だろ。あれはあれで内面とのギャップに混乱して大変だったけど」


俺はそう言うと、その頃の自分を思い出してクスっと笑った。
腕の中にいる小さな身体が反論したそうに動く。

おまえはおまえなんだ。
前も今も。


「だから、そんなに昔の自分を否定すんな」


文子が突然俺のシャツを強く握りしめた。


「徹、ありがと……」


消え入りそうな声が胸の中で響く。
その声が微かに震えているような気がしてその顔を覗き込もうとした。
でも、文子は俺の胸に顔を埋めて見せようとしない。

その言葉に答える代わりに優しく文子の髪を撫でた。


「今日、大学の授業は? サボって来たの?」


心配そうな声が聞こえる。


「ああ。初めてサボった」

「ごめん。私のせいだよね……」


またも落ち込んだ声が零れた。


「もう、あんまり心配させんなよ。気が気がじゃなかったんだ」

「うん。以後気を付けます」


しおらしく素直に謝る文子を抱きしめた。


「……会いに来てくれたこと嬉しかった。でも、もうこんなことさせないから」


文子の腕が俺の背中に回されて、その決意の表れのように強く抱きしめて来た。