朝が来ると、少しの苛立ちがすべて不安へと変わる。

結局あの後、文子からの電話が鳴ることはなかった。


あの電話での態度から言って間違いなく、俺が絡んでいるはずだ。
声から滲み出ていた俺への反発のようなものを感じた。


昨日の電話での会話を振り返る。


『徹、は? 今日は、どうしてた?』


何かをうかがうように問い掛けられた。

そして。


『帰りは一人?』


その声はいつもと違って抑揚がなかった。


あの時、一瞬、ほんの一瞬答えを躊躇った。

川名さんの顔が浮かんだからだ。

文子に言うべきか言わざるべきか。

一瞬にして頭の中で考えた。
そして、口にしないという判断をした。
それは、すべて文子の気持ちを慮ってした判断のつもりだ。

説明するに値しないような本当に些細なこと。
そんなことのために、文子にいらぬ気を回させたくなかった。
無駄な不安にさいなまれてほしくなかった。


『……自分でも、本当はこんな自分は嫌だよ。大きな心でどんと構えていたい。でも、どうしても気になるんだもん。気になるから聞いちゃうの。私よりずっと長い時間を一緒に過ごしてる他の女の子のことが気になるんだよ。それなのに、何度も『一緒、一緒』って言って、『親しい』とか馬鹿正直に答えちゃって。本当に、そういうとこ残酷……』


以前文子から出た言葉が、瞬時に頭を過ったのだ。