すぐ近くに、気配を感じられるほどすぐ近くに河野はいるのに、それ以上の距離を破って来ない。

微笑む河野の表情が、私をとんでもなく切なくさせる。

こんなんじゃ河野に変に思われる。

だから、明るい話題に話を変えた。


「徹も入学式まで時間あるよね? 私も春休みで時間あるし、たくさん会えるよね」

「そうだな。この三か月全然会えなかったし。俺も、いろいろ出掛けたいしな」


頭の上にあった河野の大きな掌は、河野の元へと戻って行った。


それから、二人で春休みの予定を相談したり、どんなバイトをしようかなっていう河野の話題にあれやこれやと言い合ってみたり。

そんな時間はあっという間に過ぎ去って、窓から差し込んで来る日の明かりが夕焼けに染まり始める。
そして、外からは夕方の5時を知らせる『ゆうやけこやけ』のメロディーが聞こえて来た。


「えっと、じゃあ、俺、そろそろ帰ろうかな」


その言葉に私の肩は大袈裟なほどに上がった。
それと同時に、私の気持ちなんか無視して胸が激しく痛む。


そうか、もう帰るんだ……。


「そ、そっか。うん」


私は引きつってしまう表情をなんとか笑顔に変える。


「料理本当に美味しかった。ありがと。じゃあ、またな」


コートに袖を通す河野をただ茫然と見つめる。

本当に楽しみにしていた一日だ。
ずっと待ち望んでいた日。
お祝いをしたいと願っていた日――。

それが達成できた。
だから、嬉しくて幸せでたまらないはずなのに。


この胸に迫りくる苦しい感情が邪魔で仕方ない。