「文子ちゃん」


合格発表を見に行った大学から、そのまま松本と二人で自宅に戻った。

玄関を開けるなり、母親と一番下の弟の渉が飛び出してきた。

そろそろ小学五年になろうとしている渉は以前のように無邪気に振る舞えないのか、松本に飛びつくようなことはしなくなった。

それでも第一声が『文子ちゃん』だ。

だけど。

俺にとっては、無邪気じゃなくなった弟の方が厄介な気がする。

上手く声を掛けられないくせに、じっと松本を見つめる目には今までとは違うものが垣間見える。


「ただいま」

「お久しぶりです。私も一緒に来ちゃいました」


母さんが俺たちを笑顔で迎える。
松本は俺の隣で頭を下げた。


「文子さん、久しぶりよね。来てくれて本当に嬉しい。渉もよね?」

「う、うん、まあ」


もじもじとする渉に、松本が溢れんばかりの笑顔を向ける。


「渉君、久しぶりだね。お兄ちゃんになったね」


顔を真っ赤にした渉は、か細く返事をするとリビングへと逃げて行ってしまった。


「あらあら照れちゃって。二人が来るまではまだかなまだかなってソワソワしてたのに。さあさあどうぞ」


リビングへと向かうと、この日仕事休みの父さんと真ん中の弟、崇も家にいた。