「結婚しようって言ってくれたのに、私がすぐに返事出来なかったのは……、怖かったからなの」
息を吐き出すようにそう言った。
「ずっと徹の夢を応援して来たし、そんな徹の傍にいたいっていう気持ちに嘘はない。でも、いざ一緒に暮らすっていうことの現実を思うと、徹のいない寂しさに耐えられるのかって、不安になった」
これまで付き合っていた時に感じた会えない寂しさと、一緒に暮らして感じる寂しさはきっと違う。
一緒に暮らしているのに、家にほとんどいることの出来ない徹を一人で待つ寂しさの方が、きっと辛い。
「子供の頃からずっと家で一人だったことをどうしても思い出しちゃうのよ。あの頃親を恨んだように、いつか徹を恨んでしまう日が来るかもしれないと思うと苦しくて。寂しさから徹に辛く当たったり、困らせたりしちゃうんじゃないかって。誰より徹を応援していたいのに、そんな自分が徹を責める日が来るかもって思うと、怖いの」
徹のことが好きだから。
自分の弱さを誰よりもよく分かっているから、怖いのだ。
徹が優しいってことを誰よりもよく分かっているから、こんな私と仕事の狭間で苦しむんじゃないかって思うから。
「徹のこと好きなのに、この好きって気持ちが、結婚していつか徹を苦しめるものに変わるんじゃないかって思うと、怖いのよ……っ」
胸にある正直な気持ちを吐き出しているうちに、自分の目から涙が零れていることに気付く。
徹から離れるなんて出来ないくせに、前にも進めない自分が心底悔しい。
何も考えずに飛び込むことの出来ない臆病な自分が嫌になる。
「……あれ、あそこ、誰かいる?」
同部屋の患者さんが病室に戻って来たのか、連れの人にひそひそと話しているのが耳に入った。
「……っ」
咄嗟に壁側に身を隠そうとした時、カーテンが少し開いたかと思うとそこから腕が出て来て突然私の腕を引っ張った。
そして、次の瞬間にはカーテンの内側で徹の片腕の中にいた。



