「仕事もプライベートも?」
「実際の臨床の現場になっても、俺はちゃんと出来るんじゃないかって思ってたんだよ。でも、実際は全然そうじゃなかった。この数か月で叩きのめされた」
「でも、研修医の中じゃおまえが一番使えるって、先生たちにも重宝がられてるだろ?」
「それは、どん底まで落ちて少しでもそこから這い上がりたかったから必死だったんだ。仕事のことはそうやってなんとかやれてる。でも……」
徹の弱気な声に胸の痛みがどんどん増してくる。
「プライベートって、文子さんのこと?」
「俺さ、何も分かっていなかった。何も見えていないまま先走って、文子にプロポーズしてた……」
「プロポーズ? それはまた凄い決断をしたもんだな。でも、それの何がダメなんだ?」
「いろいろ思うところがあるにはしても、俺が結婚してほしいと言えばまずは頷いてくれるって心のどこかで思ってたんだ。だから、あいつが咄嗟に誤魔化したの、結構キツかった。俺と同じ気持ちではなかったっていう事実を突きつけられて、どう自分の中で折り合いつければいいのか分からなくて」
私は思わず目を瞑る。
徹の本音が私の胸に突き刺さる。
「そうだったのか……。おまえは、ずっと文子さん一筋だったもんな。他の女なんて目に入らないほど」
「他の女ってなんだよ。俺はそういうことで煩わされたことはない」
「そういうところだよ。陰でお前のこと想っている女がいたってことにも全く気付かないほどに、文子さんのことしか見てないの。だからこそ、それはキツかったかもな。男は軽い気持ちで『結婚』なんてこと口に出来ねーしな」
あの日。
徹の弱り切った、苦々しい笑顔を思い出す。
いろんな感情を抑え込んで私に向けた言葉と表情。
分かっているつもりだったのに。
徹を少なからず傷付けてしまったということを。



