素直の向こうがわ【after story】



「徹、ごめんね! まだ、そういうこと実感わかないっていうか、何て言うか。ちょっとびっくりして……」


言葉を重ねるほどに、白々しいものになる。
これだけ長い期間付き合っていて、何も考えていないわけがない。
これだけ長い時間を一緒に過ごして来たのに結婚を躊躇う私に、どれだけ徹が失望するかなんて考えれば分かる。

でも、どうしても簡単に頷くことが出来なかった。


「いいよ。俺は文子がそうしたいと思ってくれるまで待ってるから。今日は、突然こんなこと言い出して悪かった」


自分の表情を見せないためなのか、私を抱き寄せてそう言った。

違う。徹は何も悪くない。
私が――。

私が、まだ覚悟が出来ないだけだ。



それからすぐに徹はいつもの雰囲気に戻って、全然関係のない他愛もない話をして過ごした。
私に気を遣わせないように、いたって普通に。


でも、三か月ぶりに二人きりで過ごしているというのに、この日、徹は私を抱こうとしなかった。


それが、徹の心に与えた打撃の大きさの何よりの証拠な気がした。



帰り際、玄関で徹がそっと私の頭を引き寄せ唇を重ねて来た。


「……じゃあ、また時間見つけて会おうな。せっかく二人でいられたのに寝てしまって悪かった。今日は、本当に飯美味かったよ。ありがとな」


優しく重ねられた唇はすぐに離れた。
今日が終われば、また次いつゆっくり会えるのか分からないのに――。


徹の顔をそっと見つめると、いつもの徹の顔があった。

そのことに胸を痛める私は身勝手だ。