素直の向こうがわ【after story】



ゆらゆらと揺れてしまう私の目と反対に、強い眼差しで見つめられている。

言葉が出ない。
何も言えない。

心が止まったまま。


「文子……」


黙ったままの私に、徹が私の名前を呼んだ。


「ちょっ、ちょっと、急に何言い出すの? 冗談はやめてよね。膝枕なんかしちゃったからそんな気分になった? やっぱり今のなしって言うなら今のうちだよ」


不自然に明るく喋る私に、徹はまったく表情を変えなかった。


「冗談じゃないよ。本気だ」


そう言ったかと思ったら、徹が私の膝から身体を起こし私の正面に座り込んだ。


「そんなこと突然――」


『結婚』という二文字から逃げていた。
徹が研修医の間は徹も結婚のことは考えないだろうと勝手に思っていた。


「俺にとっては突然でも急でもない。大学の頃にはいつかは文子と結婚したいって思ってた。ただ、それをいつ言うかを考えていただけで。本当は研修医の期間を終えてから言うべきだと思っていた。でも、俺がそれまで待っていられなくなった。もっと文子と一緒にいたい。一日のうち、少しでもいいから文子の顔を見て文子といたいんだ。俺と結婚してほしい」


思いのたけを訴えて来る真っ直ぐな目を見つめ返すことが出来ない。

嬉しいはずなのに、即答できない自分が苦しい。
徹のことを想う気持ちに嘘はない。
心から大切な人だ。それなのに……。


「……ごめん。俺にとっては急じゃなくても文子にとっては突然だよな」


ふうっと大きく溜息をついた徹が苦々しい笑顔を零した。


「悪かった。自分の気持ちばかり押し付けて。でも、俺にはおまえしかいないから。文子は、ゆっくり考えてくれればいいよ」


徹は何かを振り切ったように優しく私の肩に手を置いた。
でも、その目に失望のようなものが滲んでいるのを見逃さなかった。