恋になる、その前に

自分のテリトリーに立ち入られた気がして勝手にムッとしたのも束の間、すぐに立ち上がれば良かったと、ものの十秒後には後悔した。

別れ話が始まったからだ。

声の主達を俺は知っている。

男は自分と同じ、営業課の五つ上の先輩である横田(よこた)だった。

今朝、取引先の重役の娘と正式に婚約することを上司に報告をしに来たとき、偶然その場に居合わせたことを思い出す。

横田のなんとも浮かれた様に失笑を隠して、おめでとうございます、と出来のいい後輩の顔を作ってみせたのだが。

だが実際に別れの言葉を述べているのは横田ではなくて、女のほう、広報課の三峰だ。

たいして出来ない仕事を安請け合いして後輩に丸投げした挙句、手柄だけをいただくような調子のいい男と、広報課の切れ味鋭い三峰主任なんて意外な組み合わせでしかない。

ここでも横田のいい加減さは筋金入りだった。

はじめ言い訳を並べていた横田は、理路整然とした三峰の態度に本来の調子のよさを取り戻し、彼女をなじりはじめる始末。

自分の狡さをタナにあげ、三峰が素直じゃないのがいけないとか、仕事優先で可愛げがなかったとか。

しまいにはベッドの上の作法まで、大人の男の口から漏れたとおもえないような言葉が、次々と飛び出して来た。

……馬鹿じゃねぇの?

心変わりも二股もめずらしくもねぇけど、三峰主任に暴露されたくないなら素直に懇願すりゃあいい。