恋になる、その前に

そういうことか、と俺は小さくひとりごちる。

「へぇ、あー、なんだ。三峰主任って、意外と甘々なんですね」
「あまあま? ……どういう意味?」
「男なんて股かけして付き合ってる時点で、それなりの想定してる筈ですよ。それもひとりは同じ会社の同僚で片方はどこかのお嬢さまなんて、バレバレ要素しかないっていうのに。それをあんなことまで言われても黙って流してやるなんて、どれだけ出来た女のつもりなんすか」

彼女の視線が尖ってきたのを感じ、口元がひとりでに緩みそうになる。

俺は決してマゾじゃないしディベート好きでもない。

ただ三峰主任の無表情なマスクを引き剝がしてみたいなんて衝動が、俺を饒舌にさせた。

「何? その『出来た女』って」
「そんな風に見えるってことですよ。それとも社内でも秘密にしてたってことは、合意のうえだったんですか? 誰もおふたりのこと知らないっすよね。バレてたら今頃、噂好きのお姉さまがたの餌食だろうし」
「そんなこと……高遠さんに関」
「もちろん関係なんてないですけど」と彼女の言葉を遮ってチラリと視線を這わせる。

「でも、もっと言わせてもらえば、横田さんが破談になろうが左遷になろうが俺の知ったことじゃないんですけどね」

たったひとことで、三峰主任の顔付きがさっと変わる。ギュッと結ばれていた唇がふるりと震えた。

「高遠さん……誰かに何か言うつもりなの?」
「まさか。単なる例え話です」

大げさに驚いてみせると、彼女の眉根が寄った。

「でも三峰主任がここに誰がいるのか確かめたのは、口止めをしたかったからっすよね? それもあんなひとのために」

唇をかみ締め俯く彼女に抱く、この気持ちは何だろう。

決して酷くしたい訳じゃない。いや、酷くしたいのか?