「わかった。善処してみるよ」
善処というのは、できない奴の言い訳のようだが、そんなことはないと自分衣言い聞かせ、黒一色が支配する階段を昇った。
三階に到着したが、何かの気配はない。ゆきねの言う通りここに意思を持った闇はいないらしい。ひたすらに無音の支配する教室に廊下。これだけこの世界にいれば嫌でも目は慣れるってもんで、何の障害もなく俺たちは端から教室を捜索していった。ドアを開け中を確認し、誰の姿もないと次の教室へと向かう。こんなループをしているうちに自分たちの教室にたどり着いた。
「私たちの教室よね? ここに凜ちゃんがいるの?」
「ゆきねが言うんだから間違いないと思うが」
そう言うと俺は引き戸に手をかけ、静かに引いた。すかさず教室内に視線をむける。こりゃここにも誰もいないか……と思った俺たちの視界に飛び込んで来たのは窓際に立つ一つの人影だった。だが、ここからでは薄暗く、『誰かがそこに居る』と言うのはわかるのだが、誰だか確認できない。
「巫部……か?」
とりあえずその人影に話しかけてみる。
「えっ」
その人影はすこし動揺したような声を上げ、こちらに振り返った。
「凜ちゃんですか?」
俺の後ろから麻衣も声をかける。ゆきねがここにいると言ったんだ。恐らく巫部だろう、まあ、他の奴だったらひっくり返るくらい驚くがな。
「その声は……麻衣?」
人影は口を開くが、その声は巫部そのものであり、恐る恐る人影に近づくと、やはりその人物は間違いなく巫部凜であった。
「やっと見つけた。結構苦労したぜ、お前を探すの」
「こっちの声は蘭ね。どうしてあんたたちがここにいるのよ」
久しぶりに聞く巫部の少しキレ気味の声。涙が出るほど懐かしいよ。
「それはこっちのセリフだ。巫部こそ、どうしてここにいるんだ?」
「私は……わからないの。気づいたらここにいて窓の外を見てたのよ。夢遊病の気があるのかしら?」
いつもの様に強気で口を開くが、その言葉の内容とは裏腹に少し震えているようだった。
「蘭、ここどこだと思う?」
巫部は再び窓の外へ視線を動かし、その先に広がる黒い絵の具で塗り潰されたような世界を見つめた。
「ねえ、この異様な雰囲気、現実世界じゃあり得ないわよね。これはもしかして私が話したもう一つの世界なのかしら」
探していたもう一つの世界をやっと見つけたという表現らしいのだが、俺にはそんなに嬉しそうに感じられなかった。
「そうかもしれないな。それで、お前はこの世界で何を願うんだ」
「言ったでしょ。私を庇ってくれたあの子を探すのよ。多分この世界のあの子は事故にあってもちゃんと生きていてくれていると思うもの」
窓の外から視線をこちらに向け、真剣な表情になる巫部。たしかに、本屋帰りの公園でそう言っていた。
「それはわからないだろ。こんな真っ暗な世界なんだ。昼か夜かもわからないのに、もう一つの世界って事はないだろ」
巫部は俺の瞳を睨みつけ、
「そんな事はないわ、今はきっと夜なのよ。もう少し経てばちゃんと太陽だって昇ると思うし、ここは私が捜し求めていた世界だわ」
「どうしてわかるんだ」
「私が感じるもの。今までの世界と違うって」
巫部はここがもう一つの世界と信じて疑わないようだ。まあ、たしかに異世界ではあるものの、ここはこいつが願っていた場所ではないのは明らかだ。
「ねえ、凜ちゃん聞いて」
後ろにいたはずの麻衣は俺の前に立ち、巫部と対峙する。
「悪いと思ったんだけど、蘭から全部聞いちゃったよ凜ちゃんの事。それでね、私思うんだけど、その……お友達が事故に遭ったっていうのは悲しい事だけど、そのお友達が死んじゃったって、確認はしたの? 誰かに聞いた?」
「それは……」
巫部は俯き、視線を床に落とした。
「でしょ。もしかしたら、その子は助かっていたかもしれない。凜ちゃんが一人で責任を背負い込むことないよ。はっきり死んじゃったって判った訳じゃないんだからさ」
麻衣は優しく、微笑みながら見つめるが、巫部は落としていた視線を麻衣に向けると、
「じゃあなんで、あの後公園に来てくれなかったの? 私はずっと待ってた。もしかしたら無事かもしれないって。だけど、あれからあの子が来る事はなかった。だから、きっと……」
巫部は瞳に涙を浮かべ、両手をぐっと握り締めその体が震えていた。
「きっと、もうこの世界からいなくなっちゃったんだって。だから私はあの子がいる世界を望んだ。そしてやっとここを見つけた。私はここで唯一の友達と言えるあの子を探すの!」
そう言って巫部は廊下へと走り出してしまった。その足音は次第に遠くなる。
「ごめん、蘭。私じゃダメだった」
瞳の脇に涙を溜めた麻衣が振り返る。麻衣は麻衣で巫部の事を本気で心配していたのだろう。学校での一番の友達だったのだからな。
「ねえ、凜ちゃんを追って、私じゃ説得できなかったけど、きっと蘭ならできると思うの。お願い、凜ちゃんを助けてあげて」
麻衣の瞳から涙が大量に溢れ出している。だが、悲しそうな顔を見せずに俺を見つめ微笑みかけた。
「おっし、まかせとけ」
その言葉を吐くと同時に俺は廊下に向かって飛び出し、巫部が走り去ったであろう方向に向かい全力でダッシュした。三階の教室を全て見回るも巫部の姿は見えない。そのままの勢いで二階、一階へと足を向けるが、どこにもいないじゃないか。これはもう、校舎の中にはいないのかと思い踵を返そうとすると、重い金属扉の閉まる音が耳に入った。
「この音は屋上の扉か」
校舎内の教室は全部見渡した。だとすると、もう屋上しか残されていない。
屋上に通じる階段を二段抜かしで駆け上がり、ドアに手をかけゆっくりと扉を開けると、フェンス際に一人の少女の姿が見える。一切の灯りが無い空を見上げフェンスに手を掛けていた。俺は一歩一歩踏みしめるようにゆっくりとその少女に向かい歩を進める。その少女は俺が近づいているのは分かっているだろうが、空を見上げたままだった。
善処というのは、できない奴の言い訳のようだが、そんなことはないと自分衣言い聞かせ、黒一色が支配する階段を昇った。
三階に到着したが、何かの気配はない。ゆきねの言う通りここに意思を持った闇はいないらしい。ひたすらに無音の支配する教室に廊下。これだけこの世界にいれば嫌でも目は慣れるってもんで、何の障害もなく俺たちは端から教室を捜索していった。ドアを開け中を確認し、誰の姿もないと次の教室へと向かう。こんなループをしているうちに自分たちの教室にたどり着いた。
「私たちの教室よね? ここに凜ちゃんがいるの?」
「ゆきねが言うんだから間違いないと思うが」
そう言うと俺は引き戸に手をかけ、静かに引いた。すかさず教室内に視線をむける。こりゃここにも誰もいないか……と思った俺たちの視界に飛び込んで来たのは窓際に立つ一つの人影だった。だが、ここからでは薄暗く、『誰かがそこに居る』と言うのはわかるのだが、誰だか確認できない。
「巫部……か?」
とりあえずその人影に話しかけてみる。
「えっ」
その人影はすこし動揺したような声を上げ、こちらに振り返った。
「凜ちゃんですか?」
俺の後ろから麻衣も声をかける。ゆきねがここにいると言ったんだ。恐らく巫部だろう、まあ、他の奴だったらひっくり返るくらい驚くがな。
「その声は……麻衣?」
人影は口を開くが、その声は巫部そのものであり、恐る恐る人影に近づくと、やはりその人物は間違いなく巫部凜であった。
「やっと見つけた。結構苦労したぜ、お前を探すの」
「こっちの声は蘭ね。どうしてあんたたちがここにいるのよ」
久しぶりに聞く巫部の少しキレ気味の声。涙が出るほど懐かしいよ。
「それはこっちのセリフだ。巫部こそ、どうしてここにいるんだ?」
「私は……わからないの。気づいたらここにいて窓の外を見てたのよ。夢遊病の気があるのかしら?」
いつもの様に強気で口を開くが、その言葉の内容とは裏腹に少し震えているようだった。
「蘭、ここどこだと思う?」
巫部は再び窓の外へ視線を動かし、その先に広がる黒い絵の具で塗り潰されたような世界を見つめた。
「ねえ、この異様な雰囲気、現実世界じゃあり得ないわよね。これはもしかして私が話したもう一つの世界なのかしら」
探していたもう一つの世界をやっと見つけたという表現らしいのだが、俺にはそんなに嬉しそうに感じられなかった。
「そうかもしれないな。それで、お前はこの世界で何を願うんだ」
「言ったでしょ。私を庇ってくれたあの子を探すのよ。多分この世界のあの子は事故にあってもちゃんと生きていてくれていると思うもの」
窓の外から視線をこちらに向け、真剣な表情になる巫部。たしかに、本屋帰りの公園でそう言っていた。
「それはわからないだろ。こんな真っ暗な世界なんだ。昼か夜かもわからないのに、もう一つの世界って事はないだろ」
巫部は俺の瞳を睨みつけ、
「そんな事はないわ、今はきっと夜なのよ。もう少し経てばちゃんと太陽だって昇ると思うし、ここは私が捜し求めていた世界だわ」
「どうしてわかるんだ」
「私が感じるもの。今までの世界と違うって」
巫部はここがもう一つの世界と信じて疑わないようだ。まあ、たしかに異世界ではあるものの、ここはこいつが願っていた場所ではないのは明らかだ。
「ねえ、凜ちゃん聞いて」
後ろにいたはずの麻衣は俺の前に立ち、巫部と対峙する。
「悪いと思ったんだけど、蘭から全部聞いちゃったよ凜ちゃんの事。それでね、私思うんだけど、その……お友達が事故に遭ったっていうのは悲しい事だけど、そのお友達が死んじゃったって、確認はしたの? 誰かに聞いた?」
「それは……」
巫部は俯き、視線を床に落とした。
「でしょ。もしかしたら、その子は助かっていたかもしれない。凜ちゃんが一人で責任を背負い込むことないよ。はっきり死んじゃったって判った訳じゃないんだからさ」
麻衣は優しく、微笑みながら見つめるが、巫部は落としていた視線を麻衣に向けると、
「じゃあなんで、あの後公園に来てくれなかったの? 私はずっと待ってた。もしかしたら無事かもしれないって。だけど、あれからあの子が来る事はなかった。だから、きっと……」
巫部は瞳に涙を浮かべ、両手をぐっと握り締めその体が震えていた。
「きっと、もうこの世界からいなくなっちゃったんだって。だから私はあの子がいる世界を望んだ。そしてやっとここを見つけた。私はここで唯一の友達と言えるあの子を探すの!」
そう言って巫部は廊下へと走り出してしまった。その足音は次第に遠くなる。
「ごめん、蘭。私じゃダメだった」
瞳の脇に涙を溜めた麻衣が振り返る。麻衣は麻衣で巫部の事を本気で心配していたのだろう。学校での一番の友達だったのだからな。
「ねえ、凜ちゃんを追って、私じゃ説得できなかったけど、きっと蘭ならできると思うの。お願い、凜ちゃんを助けてあげて」
麻衣の瞳から涙が大量に溢れ出している。だが、悲しそうな顔を見せずに俺を見つめ微笑みかけた。
「おっし、まかせとけ」
その言葉を吐くと同時に俺は廊下に向かって飛び出し、巫部が走り去ったであろう方向に向かい全力でダッシュした。三階の教室を全て見回るも巫部の姿は見えない。そのままの勢いで二階、一階へと足を向けるが、どこにもいないじゃないか。これはもう、校舎の中にはいないのかと思い踵を返そうとすると、重い金属扉の閉まる音が耳に入った。
「この音は屋上の扉か」
校舎内の教室は全部見渡した。だとすると、もう屋上しか残されていない。
屋上に通じる階段を二段抜かしで駆け上がり、ドアに手をかけゆっくりと扉を開けると、フェンス際に一人の少女の姿が見える。一切の灯りが無い空を見上げフェンスに手を掛けていた。俺は一歩一歩踏みしめるようにゆっくりとその少女に向かい歩を進める。その少女は俺が近づいているのは分かっているだろうが、空を見上げたままだった。

