「蘭が全然見つからなくって、もう諦めようと思った時だったの。図書館脇の公園で蘭を見つけたの。でも、横には女の子がいて、とっても楽しそうだった。二人で子猫を見つめちゃって、私が入り込む余地がないくらいに。ずっと遠くでそんな風に見ていたんだけど、突然、子猫が逃げ出しちゃって、それを追った女の子は道路に飛び出して、蘭も走り出して……。私も追いかけようと思った時だった。気がついたら大きな音がして蘭が倒れていたの。その横では女の子が泣きながら体を揺すっていた。でも、蘭は全然動かなくて、そのうち救急車が来て、蘭は運ばれていって……」
溢れ出る涙を拭わずに、麻衣は静かに目を閉じた。
「待て待て、じゃあ、麻衣はあの事故の真相を全て知っていたって言うのか?」
「ごめん、私は全部見ていたの。でも、あの女の子が凜ちゃんだったなんて知らなかったんだよ」
「けど、帰ってきた時はそんな話全然しなかったよな?」
「事故の話だし、思い出しちゃったら悪いと思って、今まで黙っていたの」
「そんな……巫部がもう一つの世界を信じるきっかけになったって言うのは、俺が原因だっていうのか?」
「多分そう。きっと、凜ちゃんは凜ちゃんを庇った蘭が死んじゃったと思って、今までずっともう一つの世界を信じてきたんだと思うの」
「なんてこった」
にわかには信じられない。巫部の話からすると、庇ったのは、女の子じゃなかったのか? でもって花の名前がついているって……。
「…………ちきしょう」
全て繋がっちまった。
それこそ、最後のピースをはめ込んだパズルのように。
巫部がもう一つの世界を望んだのは俺のためだったのか。やるせない気持ちが募る。
麻衣は、階段を駆け上がり、俺の目の前まで来ると、
「あっ、あのね。私考えてたんだけどさ、凜ちゃんに本当の事を言う時にさ、全部話さないようにした方がいいと思うの」
「何でだ? 原因である俺の話をすればあいつは納得するんじゃないのか」
「そうなんだけどさ。何て言うのかな。その……女の子はいっぱい秘密を持ってるのよ。悩みとか約束事とか、それでねその秘密って言うのは適度にあるから自分を維持していけるの。これは誰にも言っちゃいけないとか、これは心の中にしまっておかなくちゃいけないとか」
「ちょっ、どうしたんだ麻衣」
「最後まで聞いて。私ね。凜ちゃんの置かれた立場を自分だったらって考えてみたの。兄弟がいないから妹さんの事は良く分からないんだけど、昔、大好きだったお友達が死んじゃったかもしれないって事。確かに私ももう一つの世界があったらって信じると思うわ。それでいつかその世界に行った時にその子と会いたいって思って。でもね、私ならその重さに耐えられないかもしれない。もしかしたらその事実を心の奥にしまいこんで蓋をしちゃうかもしれない。まだ子どもだったんだもん。いつまでも友達の死の責任を感じていたら普通は心が押しつぶされちゃうと思うの」
麻衣は小さく息を吸い、
「でもね、凜ちゃんは私とは違うと思うの。ちゃんとお友達の死に責任を持って生きてる。その子が亡くなったのは自分のせいだって。それで、もう一つの世界に行ってその子に謝ろうって。辛い記憶を心の奥底に閉じ込めるのは簡単だけど、その辛さとちゃんと向き合って生きるのは何百倍も難しいし、大変だと思うの。その辛さを感じてきた凜ちゃんだからこそ、蘭がその男の子ですって告白しちゃったら一気に心のダムが崩壊しちゃうと思うのよ」
「でも、あいつの迷いの原因は俺なんだぞ。俺が無事だって言えばあいつはおかしな世界を作ろうだなんて思わないだろ」
「違うの。確かに蘭が無事な姿を見せることによって、凜ちゃんが願っていたもう一つの世界は必要がなくなって、作り出してしまう世界はなくなるかもしれない。でもね、その事実を聞かされた凜ちゃんはどうなると思う?」
無音が支配する学校で、麻衣は両手を胸の前で組み俺を見つめている。俺は何も口にすることは出来ずに麻衣の瞳を見つめることしかできなかった。
「今まで気を張り詰めて生きてきたと思うの。妹さんのことは残念だけど、凜ちゃんを庇った子に会いたいっていう事が唯一の心の支えで、心を繋ぎ止めてたと思う。だから、急に事実を聞いたら支えが一気になくなって心が崩壊しちゃうんじゃないかと思うの。私、いつも横で見てて分かったんだけど、凜ちゃんは普通の女の子で、そう言う脆い一面もあるの。時折見せる不安な表情とか、よく見ていないと分からないけどね」
「巫部が脆いだって? そういう風には見えないけどな。いつも俺を罵倒してたろ? 心が脆いって言うか鉄の心臓のような気もするけどな。しかし、巫部の心が弱いねえ、俺はまったく気づかなかったぞ。それとも隠してたのか?」
「そっ、だから言ったでしょ、女の子には秘密があるって」
人差し指を口に宛て、ウインクする麻衣だが、巫部はそんな弱々しい心の持ち主だったとはね。でもまあ、たしかに本屋の帰りにあの公園で話していたあいつは声が震え、いつもの巫部っぽくなかった。人に話をすることで少しは安心したかったのだろうか。
「だからね。蘭」
麻衣は真剣な表情に戻っていた。
「凜ちゃんに全てを話すんじゃなくて、ヒントをあげるだけでいいと思うの」
「全部を話さないって、そうしないと根本的な解決にならないと思うぞ」
「例えば、蘭がその子というのは言わないで、あの子は助かったよとかさ。きっと凜ちゃんは誰かに許されたいんだと思う。救いの手を差し伸べてあげればいいと思うよ。多分いきなり蘭の話をしちゃうと心が壊れちゃうと思うから、もっとこうソフトに、凜ちゃんの気持ちが軽くなるような話し方で、背負っている責任を少しだけ軽くすることの方がいいと思うの。そうすれば心に負担がかからずに迷いは断ち切れると思うの」
「難しい事いうなよ」
「きっと、蘭にはできるよ。お願い。凜ちゃんを助けてあげて」
確かに、まず優先されるべきなのはこの世界の崩壊を阻止すること、それができなければ俺や麻衣、巫部は一瞬で無になってしまうだろう、だが、そればっかりに気をとられると巫部が背負っている責任を崩壊させてしまいあいつの心を壊す結果になってしまうのか。しかし、心が壊れるってどういう事だろう、心が生きる事を拒否してしまうようないわゆる廃人になるってことなのかな。でも、まあ、そんな巫部は見たくない。いつも俺と麻衣の会話に割り込み、生徒会室でも傍若無人でいてくれないと、こっちも拍子抜けってもんだ。二兎を追うものは一兎も得ずと言われているが、俺はその二兎を完璧な形で得なくてはならないのか。
溢れ出る涙を拭わずに、麻衣は静かに目を閉じた。
「待て待て、じゃあ、麻衣はあの事故の真相を全て知っていたって言うのか?」
「ごめん、私は全部見ていたの。でも、あの女の子が凜ちゃんだったなんて知らなかったんだよ」
「けど、帰ってきた時はそんな話全然しなかったよな?」
「事故の話だし、思い出しちゃったら悪いと思って、今まで黙っていたの」
「そんな……巫部がもう一つの世界を信じるきっかけになったって言うのは、俺が原因だっていうのか?」
「多分そう。きっと、凜ちゃんは凜ちゃんを庇った蘭が死んじゃったと思って、今までずっともう一つの世界を信じてきたんだと思うの」
「なんてこった」
にわかには信じられない。巫部の話からすると、庇ったのは、女の子じゃなかったのか? でもって花の名前がついているって……。
「…………ちきしょう」
全て繋がっちまった。
それこそ、最後のピースをはめ込んだパズルのように。
巫部がもう一つの世界を望んだのは俺のためだったのか。やるせない気持ちが募る。
麻衣は、階段を駆け上がり、俺の目の前まで来ると、
「あっ、あのね。私考えてたんだけどさ、凜ちゃんに本当の事を言う時にさ、全部話さないようにした方がいいと思うの」
「何でだ? 原因である俺の話をすればあいつは納得するんじゃないのか」
「そうなんだけどさ。何て言うのかな。その……女の子はいっぱい秘密を持ってるのよ。悩みとか約束事とか、それでねその秘密って言うのは適度にあるから自分を維持していけるの。これは誰にも言っちゃいけないとか、これは心の中にしまっておかなくちゃいけないとか」
「ちょっ、どうしたんだ麻衣」
「最後まで聞いて。私ね。凜ちゃんの置かれた立場を自分だったらって考えてみたの。兄弟がいないから妹さんの事は良く分からないんだけど、昔、大好きだったお友達が死んじゃったかもしれないって事。確かに私ももう一つの世界があったらって信じると思うわ。それでいつかその世界に行った時にその子と会いたいって思って。でもね、私ならその重さに耐えられないかもしれない。もしかしたらその事実を心の奥にしまいこんで蓋をしちゃうかもしれない。まだ子どもだったんだもん。いつまでも友達の死の責任を感じていたら普通は心が押しつぶされちゃうと思うの」
麻衣は小さく息を吸い、
「でもね、凜ちゃんは私とは違うと思うの。ちゃんとお友達の死に責任を持って生きてる。その子が亡くなったのは自分のせいだって。それで、もう一つの世界に行ってその子に謝ろうって。辛い記憶を心の奥底に閉じ込めるのは簡単だけど、その辛さとちゃんと向き合って生きるのは何百倍も難しいし、大変だと思うの。その辛さを感じてきた凜ちゃんだからこそ、蘭がその男の子ですって告白しちゃったら一気に心のダムが崩壊しちゃうと思うのよ」
「でも、あいつの迷いの原因は俺なんだぞ。俺が無事だって言えばあいつはおかしな世界を作ろうだなんて思わないだろ」
「違うの。確かに蘭が無事な姿を見せることによって、凜ちゃんが願っていたもう一つの世界は必要がなくなって、作り出してしまう世界はなくなるかもしれない。でもね、その事実を聞かされた凜ちゃんはどうなると思う?」
無音が支配する学校で、麻衣は両手を胸の前で組み俺を見つめている。俺は何も口にすることは出来ずに麻衣の瞳を見つめることしかできなかった。
「今まで気を張り詰めて生きてきたと思うの。妹さんのことは残念だけど、凜ちゃんを庇った子に会いたいっていう事が唯一の心の支えで、心を繋ぎ止めてたと思う。だから、急に事実を聞いたら支えが一気になくなって心が崩壊しちゃうんじゃないかと思うの。私、いつも横で見てて分かったんだけど、凜ちゃんは普通の女の子で、そう言う脆い一面もあるの。時折見せる不安な表情とか、よく見ていないと分からないけどね」
「巫部が脆いだって? そういう風には見えないけどな。いつも俺を罵倒してたろ? 心が脆いって言うか鉄の心臓のような気もするけどな。しかし、巫部の心が弱いねえ、俺はまったく気づかなかったぞ。それとも隠してたのか?」
「そっ、だから言ったでしょ、女の子には秘密があるって」
人差し指を口に宛て、ウインクする麻衣だが、巫部はそんな弱々しい心の持ち主だったとはね。でもまあ、たしかに本屋の帰りにあの公園で話していたあいつは声が震え、いつもの巫部っぽくなかった。人に話をすることで少しは安心したかったのだろうか。
「だからね。蘭」
麻衣は真剣な表情に戻っていた。
「凜ちゃんに全てを話すんじゃなくて、ヒントをあげるだけでいいと思うの」
「全部を話さないって、そうしないと根本的な解決にならないと思うぞ」
「例えば、蘭がその子というのは言わないで、あの子は助かったよとかさ。きっと凜ちゃんは誰かに許されたいんだと思う。救いの手を差し伸べてあげればいいと思うよ。多分いきなり蘭の話をしちゃうと心が壊れちゃうと思うから、もっとこうソフトに、凜ちゃんの気持ちが軽くなるような話し方で、背負っている責任を少しだけ軽くすることの方がいいと思うの。そうすれば心に負担がかからずに迷いは断ち切れると思うの」
「難しい事いうなよ」
「きっと、蘭にはできるよ。お願い。凜ちゃんを助けてあげて」
確かに、まず優先されるべきなのはこの世界の崩壊を阻止すること、それができなければ俺や麻衣、巫部は一瞬で無になってしまうだろう、だが、そればっかりに気をとられると巫部が背負っている責任を崩壊させてしまいあいつの心を壊す結果になってしまうのか。しかし、心が壊れるってどういう事だろう、心が生きる事を拒否してしまうようないわゆる廃人になるってことなのかな。でも、まあ、そんな巫部は見たくない。いつも俺と麻衣の会話に割り込み、生徒会室でも傍若無人でいてくれないと、こっちも拍子抜けってもんだ。二兎を追うものは一兎も得ずと言われているが、俺はその二兎を完璧な形で得なくてはならないのか。

