「あなたも巫部凜に選ばれたのよ」
「えっ? 選ばれたって何ですか?」
ゆきねの言葉に麻衣は驚いたように目を見開き、暫く見つめあう格好になっている。
「この世界は巫部凜によって作られた。彼女が作り出す平衡世界の一部分、それが闇ってわけ」
「へいこうせかい? それに闇って……」
ダメだ。この二人じゃ会話が進まない。ここは俺が説明するしかなさそうだ。
「ちょっと待て。俺から説明するよ。ええとだな麻衣。これからとんでもない話をすると思うが、引かずに聞いてくれ」
麻衣に向き直り、その瞳を見据えた。
「うっ、うん」
「巫部はある事がきっかけで、あいつが迷うともう一つの世界を作り出す体質になっちまったようなんだ」
「もう一つの世界?」
「ああ、例えば、麻衣が肉まんにするか、あんまんにするか悩んだとしよう。普通はどちらかを選ぶともう一方を選ぶという世界はないよな。だが、巫部は理由が分からないのだが、そのどっちの世界も存在してしまうみたいで、その選択が増えていった結果、今ではもうパンク寸前なんだ」
「……」
麻衣は俺の話が信じられないのか。呆けたような表情をしていた。
「でだ、さらに厄介なことに、巫部が作り出す他の世界には、こういう闇の部分と言うかバグが存在してしまうらしい。その中には、さっきみたいに得体の知れない化け物がいて、俺たちを襲ったってわけだ」
「……それって、凜ちゃんが悪いの?」
そりゃかなり的を射ていない質問だぞ。
「いや、悪いというか、そういうのじゃなくて……」
「よかった。凜ちゃんが怒られちゃうとかそういうのじゃないのね」
ホッと胸を撫で下ろしている麻衣だが、俺の説明ちゃんと聞いていたのか?
「なんとなくだけどわかったわよ。そっか、ここは凜ちゃんが探してた世界なんだ。見つかって見つかってよかったね」
「いやいや、そんな事を言ってるんじゃないんだけどな」
「で、どうやったらお家に帰れるの?」
「それは俺にもわからないのだが」
隣に二人して視線を向けると、
「それは……」
そこまで言いかけ、ゆきねは、後方に視線を向けた――と思った瞬間大きく跳躍。まさか、また奴が襲ってきたって言うのか?
「あっ、蘭!」
俺が飛び出したゆきねの姿を追おうとして視線を向けようとすると、麻衣の手が背後から俺の両目を塞いだ。
「なっ、なんだ! 何が起こった?」
「ちょっ、ちょっと見ちゃだめ」
そんな麻衣の言葉と共に俺の目は塞がれたまま、遠くで響く金属音が耳に入った。一撃目の寸刻後の二撃目、先ほどとは違い少し低い金属音が鳴り響いた。
「おっ、おい麻衣、どうしたんだ?」
背後から少し背伸びをするように俺の目を塞いでいた麻衣は、ゆっくりと手を離す。
「だって、御巫さんスカートだし、蘭てば本当にエッチなんだから」
少し拗ねたように口を尖らせるが、まあ、俺も一般男子の端くれとして、スカートの中が見えそうになるなんて事態にはつい凝視してしまうのは当然の反応ってことで、そんなおいしい光景が先ほど目の前に展開していたなんて少しもったいない気分だ。って、そんな男子高校生の悲しい性について語っている場合じゃない。ゆきねはどうなったんだ。
ゆきねが飛び出していった方に視線を向けると既に事は片付いたらしく、こちらに向かって歩いて来ているところだった。
「あまり時間がないかも」
息を切らすこともなく、至って何もなかったかのように淡々と口を開くが、こいつには動揺するとか言う言葉は存在していないのではないだろうか。
「時間がないってどういう事だ?」
「闇が集まりだしてるわ。この世界の闇がこの階に集積し、すごいパワーを蓄えて私達の世界を侵食しようとしている。逆転してしまば……全て終わりよ」
何となく、本当に時間的猶予がないのは理解できるが、そんな冷めた表情で言われても説得力に欠けるってもんだ。だが、一刻を争うのは本当らしい。こりゃ早いとこ巫部を探しださなければ。
「そうか、だけどさっきも言ったが巫部ってどこにいるんだ? この世界はあいつの作り出した闇の世界だからここには居ないよな。元の世界にいるって事なのか?」
ゆきねは顔だけこちらへ向けると、相変わらずの表情で呟いた。
「恐らく教室にいる」
「教室って、どこの教室だ?」
「それはわからないわ」
「どうして教室だって分かるんだ?」
「私の勘よ」
堂々と言い切りやがった。これまでこいつの勘が当たった試があったか? 俺には皆無に思えるのだが。
「うっさいわね。私の勘は絶対なの! いいから行きなさい!」
闇とやらに襲われる前に、こいつに殺されそうだ。とりあえず今はゆきねの言葉を信じるか。
「早くしなさい! 闇は私が食い止めるから」
ゆきねは、鞘に収めた剣を再度抜くと周囲に気を張り巡らせ、来るべき襲来に備えるように身構えた。
「わかったよ。じゃあ行ってくる。またな!」
そう言って俺と麻衣はゆきねに背を向け校舎内へと再び足を踏み入れようと踵を返すと、背中越しに。
「…………えちゃんをお願いね」
そんな声が聞こえた気がした。
校舎内は先ほどまでと同じで暗黒と無音だけが支配した世界で、俺たちの足音が長く続く廊下に響いていた。
「とにかく巫部を探すとするか」
「そっ、そうね」
麻衣は震えた口調で後ろを歩き、
「ねえ、蘭」力なさげに呟いた。
「んっ? 何だ?」
「凜ちゃんがこの世界を作り出した原因ってなんなの?」
「ああ、それはな、幼い頃に妹を亡くした巫部はイジメに遭ってたらしくて、そんな中で仲良くなった唯一の友達が自分を事故から庇って死んでしまったんじゃないかって思っているらしんだ」
「事故?」
「ああ、巫部が道路に飛び出して、それを友達が寸での所で突き飛ばしたらしい。巫部は無事だったんだけど、その子は撥ねられて死んでしまったらしんだ」
「……そうなの」
麻衣は何故だか、少し驚いた表情になっていた。
「それから、あいつは、もう一つの世界があれば、妹とかその子が生きていてずっと遊んでくれているだろうと、信じているらしいんだ」
「ふーん。そうなんだ」
それ以降麻衣は黙ってしまい、静寂が支配する闇の中をひたすらに巫部を探して求め歩いた。
教室を一つ一つ探すが巫部の姿はまったく確認できなかった。二階も全て捜索が終了し、三階に向かおうかと階段に差し掛かった時、
「ねえ、蘭」
「どうした?」
突然の麻衣の言葉に俺も立ち止まり、階段の上から麻衣を見下ろと、
「……私、蘭に隠してた事があるの」
麻衣は手を胸の前で組むと、静かに口を開いた。
「あっ、あのさ、凜ちゃんを庇ったその友達って……蘭だと思うの」
「……はい?」
いきなりこの子は何を言い出すのだろう。巫部を庇った子が俺だなんて。
「実はね、私ね。蘭が引越して行っちゃったあと、すっごく寂しくて、お父さんに無理を言って一度だけあの街へ連れていってもらった事があるの。そこで、蘭に会いたくて、一緒に遊びたくて。でも、住所も聞いてなかったから、当然見つからなかった。でも……」
麻衣は、手に力を込め、真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。
「えっ? 選ばれたって何ですか?」
ゆきねの言葉に麻衣は驚いたように目を見開き、暫く見つめあう格好になっている。
「この世界は巫部凜によって作られた。彼女が作り出す平衡世界の一部分、それが闇ってわけ」
「へいこうせかい? それに闇って……」
ダメだ。この二人じゃ会話が進まない。ここは俺が説明するしかなさそうだ。
「ちょっと待て。俺から説明するよ。ええとだな麻衣。これからとんでもない話をすると思うが、引かずに聞いてくれ」
麻衣に向き直り、その瞳を見据えた。
「うっ、うん」
「巫部はある事がきっかけで、あいつが迷うともう一つの世界を作り出す体質になっちまったようなんだ」
「もう一つの世界?」
「ああ、例えば、麻衣が肉まんにするか、あんまんにするか悩んだとしよう。普通はどちらかを選ぶともう一方を選ぶという世界はないよな。だが、巫部は理由が分からないのだが、そのどっちの世界も存在してしまうみたいで、その選択が増えていった結果、今ではもうパンク寸前なんだ」
「……」
麻衣は俺の話が信じられないのか。呆けたような表情をしていた。
「でだ、さらに厄介なことに、巫部が作り出す他の世界には、こういう闇の部分と言うかバグが存在してしまうらしい。その中には、さっきみたいに得体の知れない化け物がいて、俺たちを襲ったってわけだ」
「……それって、凜ちゃんが悪いの?」
そりゃかなり的を射ていない質問だぞ。
「いや、悪いというか、そういうのじゃなくて……」
「よかった。凜ちゃんが怒られちゃうとかそういうのじゃないのね」
ホッと胸を撫で下ろしている麻衣だが、俺の説明ちゃんと聞いていたのか?
「なんとなくだけどわかったわよ。そっか、ここは凜ちゃんが探してた世界なんだ。見つかって見つかってよかったね」
「いやいや、そんな事を言ってるんじゃないんだけどな」
「で、どうやったらお家に帰れるの?」
「それは俺にもわからないのだが」
隣に二人して視線を向けると、
「それは……」
そこまで言いかけ、ゆきねは、後方に視線を向けた――と思った瞬間大きく跳躍。まさか、また奴が襲ってきたって言うのか?
「あっ、蘭!」
俺が飛び出したゆきねの姿を追おうとして視線を向けようとすると、麻衣の手が背後から俺の両目を塞いだ。
「なっ、なんだ! 何が起こった?」
「ちょっ、ちょっと見ちゃだめ」
そんな麻衣の言葉と共に俺の目は塞がれたまま、遠くで響く金属音が耳に入った。一撃目の寸刻後の二撃目、先ほどとは違い少し低い金属音が鳴り響いた。
「おっ、おい麻衣、どうしたんだ?」
背後から少し背伸びをするように俺の目を塞いでいた麻衣は、ゆっくりと手を離す。
「だって、御巫さんスカートだし、蘭てば本当にエッチなんだから」
少し拗ねたように口を尖らせるが、まあ、俺も一般男子の端くれとして、スカートの中が見えそうになるなんて事態にはつい凝視してしまうのは当然の反応ってことで、そんなおいしい光景が先ほど目の前に展開していたなんて少しもったいない気分だ。って、そんな男子高校生の悲しい性について語っている場合じゃない。ゆきねはどうなったんだ。
ゆきねが飛び出していった方に視線を向けると既に事は片付いたらしく、こちらに向かって歩いて来ているところだった。
「あまり時間がないかも」
息を切らすこともなく、至って何もなかったかのように淡々と口を開くが、こいつには動揺するとか言う言葉は存在していないのではないだろうか。
「時間がないってどういう事だ?」
「闇が集まりだしてるわ。この世界の闇がこの階に集積し、すごいパワーを蓄えて私達の世界を侵食しようとしている。逆転してしまば……全て終わりよ」
何となく、本当に時間的猶予がないのは理解できるが、そんな冷めた表情で言われても説得力に欠けるってもんだ。だが、一刻を争うのは本当らしい。こりゃ早いとこ巫部を探しださなければ。
「そうか、だけどさっきも言ったが巫部ってどこにいるんだ? この世界はあいつの作り出した闇の世界だからここには居ないよな。元の世界にいるって事なのか?」
ゆきねは顔だけこちらへ向けると、相変わらずの表情で呟いた。
「恐らく教室にいる」
「教室って、どこの教室だ?」
「それはわからないわ」
「どうして教室だって分かるんだ?」
「私の勘よ」
堂々と言い切りやがった。これまでこいつの勘が当たった試があったか? 俺には皆無に思えるのだが。
「うっさいわね。私の勘は絶対なの! いいから行きなさい!」
闇とやらに襲われる前に、こいつに殺されそうだ。とりあえず今はゆきねの言葉を信じるか。
「早くしなさい! 闇は私が食い止めるから」
ゆきねは、鞘に収めた剣を再度抜くと周囲に気を張り巡らせ、来るべき襲来に備えるように身構えた。
「わかったよ。じゃあ行ってくる。またな!」
そう言って俺と麻衣はゆきねに背を向け校舎内へと再び足を踏み入れようと踵を返すと、背中越しに。
「…………えちゃんをお願いね」
そんな声が聞こえた気がした。
校舎内は先ほどまでと同じで暗黒と無音だけが支配した世界で、俺たちの足音が長く続く廊下に響いていた。
「とにかく巫部を探すとするか」
「そっ、そうね」
麻衣は震えた口調で後ろを歩き、
「ねえ、蘭」力なさげに呟いた。
「んっ? 何だ?」
「凜ちゃんがこの世界を作り出した原因ってなんなの?」
「ああ、それはな、幼い頃に妹を亡くした巫部はイジメに遭ってたらしくて、そんな中で仲良くなった唯一の友達が自分を事故から庇って死んでしまったんじゃないかって思っているらしんだ」
「事故?」
「ああ、巫部が道路に飛び出して、それを友達が寸での所で突き飛ばしたらしい。巫部は無事だったんだけど、その子は撥ねられて死んでしまったらしんだ」
「……そうなの」
麻衣は何故だか、少し驚いた表情になっていた。
「それから、あいつは、もう一つの世界があれば、妹とかその子が生きていてずっと遊んでくれているだろうと、信じているらしいんだ」
「ふーん。そうなんだ」
それ以降麻衣は黙ってしまい、静寂が支配する闇の中をひたすらに巫部を探して求め歩いた。
教室を一つ一つ探すが巫部の姿はまったく確認できなかった。二階も全て捜索が終了し、三階に向かおうかと階段に差し掛かった時、
「ねえ、蘭」
「どうした?」
突然の麻衣の言葉に俺も立ち止まり、階段の上から麻衣を見下ろと、
「……私、蘭に隠してた事があるの」
麻衣は手を胸の前で組むと、静かに口を開いた。
「あっ、あのさ、凜ちゃんを庇ったその友達って……蘭だと思うの」
「……はい?」
いきなりこの子は何を言い出すのだろう。巫部を庇った子が俺だなんて。
「実はね、私ね。蘭が引越して行っちゃったあと、すっごく寂しくて、お父さんに無理を言って一度だけあの街へ連れていってもらった事があるの。そこで、蘭に会いたくて、一緒に遊びたくて。でも、住所も聞いてなかったから、当然見つからなかった。でも……」
麻衣は、手に力を込め、真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。

