巫部凛と漆黒のパラドックス

「追っ手がくるわ」
「追っ手?」
「ここの敵はさっきだけじゃないの。それこそうようよいるわよ」
「なんで、そんな事わかるんだよ」
「伊達に研究員やってたわけじゃないのよ」
 まあ、闇を研究していた天笠なら、わかるもんなのかもな。
「と、いうわけで私はここに残るわ。二人でこの世界を壊してちょうだい」
 そう言うと同時に天笠は後ろへ向け駆け出した。そして遠くで響く銃声。
 おいおい本当に一人で行っちまったぞ、ここは援軍に行った方がいいんじゃないのか? 俺が天笠が消えたほうに踏み出そうとすると、
「ちょっと待って」
 ゆきねが俺の腕を掴んでいた。
「あの子なら大丈夫。私たちは先に進みましょう」
「えっ? でも天笠は一人なんだぞ。助けにいかないと」
「あんたが行っても足手まといになるだけ。それなら、この世界を壊す方が先決よ」
 まあ、確かにこの二人の戦闘力に比べたら俺なんて像と蟻位の差はあるかもしれないかもな。
「あの子が守ってくれている間に私たちは先を急ぎましょう」
 そう言ってゆきねは歩き出した。おれはなすすべも無くゆきねの後を追うことしかできないのだが、不意にゆきねは天笠が駆けていった方向に視線を向けると、
「死なないでよ」
 と小声で呟いた。


 再び静寂に支配された廊下をゆきねと二人で歩く。一人で戦っている天笠の事が気になるが、ここは俺に与えられた使命を一刻でも早くまっとしなければ、そう、この世界をぶっ壊すということを。
 そろそろ廊下も突き当たり、昇降口付近にやってきた。そこでゆきねが不意に。
「……あんたに言っておくわ」
 視線を前方から動かさずに口を開いた。
「また襲われた場合、逃げる事を最優先にして」
「戦っちゃいけないのか?」
「あんたじゃ勝てないわよ。傷を負わせる事も不可能」
 すみませんね。頼りない会長で。
「それと……」
「それと?」
「私が倒されても気にしないで……そしてこの世界秘密を暴いて」
「ひっ、秘密ってなんだよ」
「このバグの世界はいつものバグとは何か違う。さっきの闇を見てもそう。いままでより強くなっている。これは何か他に原因があるのかも」
「他に原因か」
「例えば、創造主が闇じゃないとか。今までバグの世界は闇そのものが創造主で、そいつを倒せばバグの世界は消えていた。でも、なんとなく、今回の世界は違う気がする。世界の雰囲気もまるで別物だわ」
「別物って、やっぱ特別な世界なのか?」
「やっぱってどういうことよ」
「いや、天笠が言ってたんだ。今回のは特別だって、そういう観測結果が出たらしいぞ」
「ふーん。まあ、特別ってのは同意するところね。あまりにも今までと違いすぎるから」
「でだ。闇が創造主じゃないとすると、創造主ってのは一体何なんだ」
「さあ、今はわからない。でも、何となく創造はつくわ。創造主は……巫部凜よ」
「巫部がか?」
「そう、といってもそれはニームなんだけれどね。今までの創造主はニームが作り出したものだった。でも、今回はニームそのものがこの世界の創造主だと思うわ。だから今回はニームの宿主である巫部凜を倒す必要がある」
「じゃ、じゃあ、お前は巫部を殺すって言うのか?」
「本来であればそうするところなんだけど、もしかすると、巫部凜を殺してもニームは他の宿主を探して憑依するかもしれない、そうなれば同じ事の繰り返しよ」
「じゃあ、一体どうすればいいんだ」
「この世界の創造主がニームであれば、必ずいる。そしてその宿主である巫部凜も。あんたは、巫部凜を探し出してニームとなった原因を取り除いてほしいの」
「ニームとなった原因ってなんだよ」
「そんなの私にはわからないわ。ただ一つ言えることはなるべくしてニームになった訳ではない。何か理由があるのよ。だから、それを突き止めて。そして解決して!」
「おいおい無茶言うなよ。この世界のどこにいつかもわからない巫部を探すなんて」
「多分なんだけど、彼女はこの学校の中にいると思うわ」
「ここに?」
「そう、だから探し出して。あなたは彼女に認められた鍵なんだから」
 ゆきねの口がそう呟き同時に廊下の奥へ向かい走り出した。数十メートル行ったところで急ブレーキをかますとそのまま剣を振り下ろす。
 遠くで金属が打ち叩かれた鈍い音がし、再度ゆきねが何かと戦っているというのが、ここからでも確認できる。だが、ゆきねだけに戦わせておくわけにはいかない。俺にもできる事をしなくては。だが、今の俺にできることって何だ? よく考えろ俺、その中に大切なキーワードがあったかもしれないのだぞ。
 遠くでゆきねが戦っている間、俺は考える。一体俺に出来る事って何だ。数秒考えるもてんでいい答えが思い浮かばない。ここは考える前に行動かと、ゆきねに向かって走り出そうとした瞬間、
「ざざざ……」
 何かの気配を感じ、咄嗟に真横に飛んだ。着地を考えていなかったせいで大胆に膝を擦り剥くが、体を起こした俺が見たものは、さっきまで俺がいた場所の廊下が結構な勢いで抉られている現状だった。
「なっ、何!」
 驚きのあまり続きの声がでない。あのままあそこに立っていたら確実に死亡フラグが立つくらいの重症もしくは即刻死ぬと書いて即死じゃねえか。
 ぼんやりとそんな事を考えている間にも、
「ざざ……」
 何かが振り上げられる気配を感じる。これはヤバイそ。その気配が振り下ろしにかかる瞬間、俺は全力で階段を駆け下りた。階段を三段飛ばしで飛び降りる俺を追うように迫り来る気配。しまった結構速い。こんな事なら普段からトレーニングをしておくべきだったぜ。
 一階まで一気に駆け下り、ゆきねと合流するために再び階段を登ろうかと思案していると、つい今まで真後ろにあった気配が無くなった。
「なんだ?」
 と振り返った俺の眼に飛び込んできたのは、昇降口付近を挙動不振で周りを見渡しながら歩く麻衣の姿だった。