巫部凛と漆黒のパラドックス

「あっ!」
 ぶない! と言おうとした瞬間。ゆきねは振り向きざまに長刀を薙ぎ払った。

 三度響く金属音。鉄柵を鉄パイプでぶっ叩いたかのような音が静寂の支配する校舎内に響き渡たる。ああ、闇と戦うってことは金属のように固い物体と戦うってことなのか。なんて悠長に考察している場合ではない。この状況を一言で表すのならば「囲まれた!」ってことだ。だが、生憎俺には戦うすべが無い。ここで打ってでようものならほんの一瞬で動かない肉塊の完成って訳だ。
「くっ、仲間がいたとわね。でも、何匹いようが構わない。私は私の使命を全うするのみ」
 こんな状況でも冷静な声のゆきねは、前と後ろを交互に睨みながら攻撃の隙を伺っているようだ。だが、そんな膠着状態も長くは続かず、何かが動く気配にゆきねが先手を打った。
 前方に大きく跳躍したと思ったら長刀を大きく振りかぶり、そのままの勢いで振り下ろす。正に渾身の一撃と思われた攻撃だったのだが、今度は振り切れないで空中で留まってしまっている。そうしている間に後方にいた物の気配が急速にゆきねへと向かっていった。
「くっ!」
 後方から迫る気配に対応しようにも、ゆきねは目の前の敵に対応しているため直ぐには攻撃に移れない。これは正真正銘の絶体絶命ってやつじゃないのか? どうする? 俺!
 そう思った時には既に体が動いていた。あんな華奢な女の子がこの世を救うために戦っているんだ。男の俺がここで指を銜えている道理はない。何としてもゆきねを助けないと。ここから先はあいつの力が絶対必要だ。
俺はどこに居るかもわからない敵に向かって体当たりを試みるも、あっさり何かに振り払われ、次の瞬間には廊下の窓に激突してしまった。幸い痛いという感覚があるということはまだ死んではいないようだな。
「あんた! 何やってんのよ! 死にたいの!」
 押し切られそうになるのを堪えながらゆきねが叫ぶがその顔は明らかに動揺していた。
「こっ、ここは私がなんとかするから! あんたは逃げて!」
 最後は悲痛な叫びにのような言葉に俺はどう行動するのが正しいのか。

 ①一目散に逃げる。
 ②「ここはリベンジだぜ」と意気揚々に立ち向かう。
 ③誰か助けを呼ぶ。

 何故かどれを選択しても即行でバッドエンド一直線のような気をもするのだが、ここで俺が取るべき行動は②しかねえじゃねえか。ここでゆきねを一人置いて逃げるなんてことはできない。いや、したくない。
 俺はさきほど激突し、粉々になった窓のフレームを手に取る。素手では何の効果もなさそうなので、武器っぽいものがないとな。RPGでも素手よりひのきの棒の方が攻撃力が上がるってもんだ。
「バカ! 何やってんのよ! いいから逃げなさい!」
 ゆきねが真剣に怒鳴っているが、そんなもんは却下だ。俺が戦うことでほんの少しでも時間稼ぎができれば、ゆきねが対峙している敵に勝てるかもしれないじゃないか。我ながら無謀だと呆れてしまうが、ここは俺のとるべき行動は一つだと思う。
ゆっくりと立ち上がり、ゆきねが戦っている方に一歩進めようとするが、俺の目の前にいた敵がこちらではなくゆきねの方に向かっていくじゃないか。
「ヤバイ! そっちじゃねえだろ」
 痛みで少し痺れた足に必死で命令し走り出すが、とてもじゃないが追いつかない。このままゆきねに攻撃されたらいくらゆきねでも対応できないじゃないのか。
 俺が二、三歩踏み出す間にその気配はゆきねの背後まで忍び寄っていた。ゆっくりと何かが振り上げられる気配。ゆきねは相変わらず目の前の敵に抗っている。このままじゃ本当にヤバイじゃないか! 何とか俺の足よ動いてくれ!
 振り上げられた気配が正に振り下ろされようかという瞬間……。

「パアン」

 乾いた音が廊下に響いた。そして立て続けに三発。静寂の中に響く音が鳴り止み。再び静寂の世界が辺りを包むと同時に、ゆきねに襲い掛かろうとしていた気配がなくなっていた。
「フン!」
 目の前の敵と対峙し、後から迫る気を配っていたゆきねは後方の憂いがなくなると、再度長刀を振りかざし、横なぎに一閃すると、鋭い金属を残し目の前の気配が霧散していった。
 これでなんとか窮地を脱することができたと思うのだが、さっきの乾いた音はなんだったんだ? どこかで聞いたことがあると思うのだが、音のした方に振り向いた俺が見たものは……、
「まったく、こんな雑魚にやられないでよね」
 そこには、銃を構えた制服姿の天笠が立っていた。
「あっ、天笠?」
 突然の出来事にあっけにとられ、素っ頓狂な声しか出ない俺に、
「私に勝ったんだからこんな所で簡単に死なれたらこまるのよ」
 と、いうことはさっきのは銃声で天笠が敵を撃ったってことだよな。
「何面食らった顔しているのよ。とりあえず。この場の危機は去ったわ」
 天笠はこちらに歩きながら不敵な笑みを浮かべていた。
「あっ、天笠なのか? 本当に?」
「あら、私の顔を忘れたって言うの? 毎日コーヒーを淹れてあげたでしょ」
「いやいや、だってここは闇の世界だぞ。俺はゆきねの力で入れたけど、お前はどうやったんだ?」
「あら? 私が侵入できないとでも思った? 私は一応天笠研究所の一員なんだけど。闇の研究をしてたんだもん。侵入なんて訳ないわ」
「そっ、そうか……」
 何となく質問の答えになっていないような気もするが、ここはスルーしておく方が懸命だな。
 天笠は俺の目の前まで来ると銃をホルダーにしまい、ゆきねに向き直る。ゆきねも長刀を鞘にしまい、目の前まで来ると、
「助かった。正直同時に攻撃されていたらやられていたかもしれない」
「あらあら、そんなに簡単にやられるっていうの? そんなわけないじゃない」
「ここの闇は今までとは違う。段違いに生命力が強いわ。だから無事ではすまなかったでしょうね」
「そっ、そう」
 何故だか天笠が照れているっぽいぞ。これは超レアな現場じゃないのか?
「それにしても、闇の存在を肯定していたあなたがどうして……」
 ゆきねの素直な疑問。そうだ。おれは天笠から頼まれていたんだったな。
「それなんだが、この天笠は元の世界が楽しくなってしまったそうなんだ。だから、リセットされたくないんだってよ」
「それは本当?」
 ゆきねは天笠の顔を覗きこんだ。
「ほっ、本当よ。まあ、楽しくなったって言うのは大げさだけどね。あんな世界でも存続してもいいんじゃないって思ったわけ。だから、私はこの闇の世界を壊しにきたって訳」
「そう、ならここは休戦ね」
 ゆきねの差し出した手を握る天笠。なんとなく、この世界最強タッグが誕生した瞬間って感じだな。
「で、次はどこに行くんだ?」
天笠が援軍になってこれ以上心強いものはない。ここはさっさとこの世界をぶっ壊してやろう。
「そうね。とりあえず上の階を確認するわ」
 ゆきねが一歩踏み出し、俺たちもそれに続こうとした瞬間。
「やっぱ、そう簡単にはいかないみたいね」
 天笠はそういうと後方の空間をにらみつけた。