翌日。入学初日よりは通学も幾分落ち着き、ややのんびり目に麻衣と田んぼ道を歩いていると、
「我々は知らないだけなの。もう一つの世界はきっとあります。私と一緒に探しにいきましょう」
なんとなく聞き覚えのある声が耳に入った。どうしてだろう、昨日もこんな会話を聞いたような気がするな。
その声が発せられる方向を見てしまうと災いが降りかかりそうなスメルがプンプンと感じられるので、ここはああえてシカトしてだな。俺は、その呪文のような言葉を極力耳に入れないように麻衣と二人昇降口へと向かうが、不意にその足が止まることとなってしまった。はて、何故俺は前に進む事ができないのだろうか。
首だけを捻って後を確認すると、案の定巫部凜がにこやかな顔で俺と麻衣の肩をがっちりとつかんでいた。
「おい、何やってんだ」
「あんた昨日逃げたでしょう」
ここで動揺してはダメだ。毅然とした態度を保たないとな。そう重いながらも巫部は笑顔のまま俺に語りかけるが、笑顔のままっていうのが若干怖いぞ。
「さて、何のことでしょうか」
「だから、昨日の事よ。放課後にもう一つの世界を探しに行くってこと。まさか、忘れた訳じゃないでしょうね」
「おいおい、あれって本気だったのか? てっきり冗談かと思った」
「冗談な訳ないでしょう。まあいいわ。今日は気分がいいから特別に見逃してあげる。いい、これっきりだからね」
腰に左手を宛がい、右手の人差し指をビシっと俺につきつけるが、人を指差すな。
「じゃ、今日の放課後からとことんいくわよ。覚悟しておきなさい」
最後に何やら怪しげなスマイルを一つだして巫部は校舎へと向かい闊歩していった。
「……はあ、昨日の話ってマジな事だったのか?」
「そうだねえ、本気っぽいよね」
「せっかく高校生になって、楽しそうな学園生活を心待ちにしてたんだけどなあ、なんかとんでもない事に巻き込まれたよな」
「そう? でもいいじゃない。入学早々お友達ができたんだから」
この子はなんてお気楽なんだよ、まったく。なんとなくこの状況って、「お友達と楽しく高校生活」ってよりも、ちょっと痛そうな奴に絡まれてカツアゲされている気分っぽいのは気のせいなのだろうか。
午前中の授業やらが終わり、昼休みが終わっても俺の気分は優れない。そりゃそうだろ、入学式前に女子から話しかけられるなんてことはこの上なく歓迎すべき事柄なのだが、それが、バラ色の情事ではなく、どちらかと言うと南米あたりで咲いてそうな毒々しい不吉な花の色の事情だったとはな。しかもあんな話だろ? まったくもって意味がわからん。これから俺はどうしたらいいのか、頬杖をつきながら、窓の外を見つめ暗澹たる気分を増幅させずにはいられなかった。ああ、このまま放課後が来なければいいのにな。
しかし、まあ、時間の流れというものは残酷なもので、授業を二つ受けると放課後がやってきてしまった。はあ、これからどうなるのか、考えるだけでも憂鬱になっちまう。だが、ここでどうだろう。昨日のようにホームルームが終わると同時に廊下に飛び出しちまえば、巫部凜という存在から逃げ失せる事ができるのではないか? よし、我ながらいい案だ。ホームルームの終了と同時にダッシュだなこりゃ。
担任教師がホームルームの終了を告げ、クラス委員長が起立、礼、と言った所でミッションスタートだ。鞄を掴むとドアに向かい一目散。勝利を確信し、引き戸に力を入れた瞬間、
「あんた、何やってんのよ」
視線を上げた俺に巫部が仁王立ちで睨みを効かせていた。
「……」
何だ? 何が起こったんだ? 確かに俺はクラスの誰よりも早くドアに到達した。だが何故巫部が目の前にいるんだ? 未だ呆けている俺のネクタイを掴むと、弾んだような声で廊下を歩き出した。
「さあ、行きましょう」
「あっ、あのちょっと……」
「なによ」
「いっ、いやあ、ちょっと俺、今日は用事があるんだけどなあ」
「へー、で?」
「で、とは?」
「で、何なのよ。私が会話をしてあげてるのよ。ありがたく思いなさい。さあ、行くわよ」
「ちょっ、ちょっと待てよ」
俺の声なんか完璧にシカトし、理不尽さ全開で廊下を歩いていく巫部とその後を犬かなにかのようにネクタイを引っ張られながら歩かされているのだが、なんの罰ゲームなんだよ。一体。
無言のまま、どこかの空き教室らしき所に俺を押し込めた巫部は、
「さっ、いきなりもう一つの世界を探すって言ってもどんなものかわからないわよね。今日は私がみっちり教えてあげる。さあ座った座った」
そう言うと巫部はポケットから取り出した眼鏡を掛けながら腕まくりし、俺に向き直るのだが、何故に眼鏡?
「この方が気分出るでしょ。私女教師って響きに憧れているのよねえ。なんかそそられるものがない?」
断言するが、まったくもってない。
「我々は知らないだけなの。もう一つの世界はきっとあります。私と一緒に探しにいきましょう」
なんとなく聞き覚えのある声が耳に入った。どうしてだろう、昨日もこんな会話を聞いたような気がするな。
その声が発せられる方向を見てしまうと災いが降りかかりそうなスメルがプンプンと感じられるので、ここはああえてシカトしてだな。俺は、その呪文のような言葉を極力耳に入れないように麻衣と二人昇降口へと向かうが、不意にその足が止まることとなってしまった。はて、何故俺は前に進む事ができないのだろうか。
首だけを捻って後を確認すると、案の定巫部凜がにこやかな顔で俺と麻衣の肩をがっちりとつかんでいた。
「おい、何やってんだ」
「あんた昨日逃げたでしょう」
ここで動揺してはダメだ。毅然とした態度を保たないとな。そう重いながらも巫部は笑顔のまま俺に語りかけるが、笑顔のままっていうのが若干怖いぞ。
「さて、何のことでしょうか」
「だから、昨日の事よ。放課後にもう一つの世界を探しに行くってこと。まさか、忘れた訳じゃないでしょうね」
「おいおい、あれって本気だったのか? てっきり冗談かと思った」
「冗談な訳ないでしょう。まあいいわ。今日は気分がいいから特別に見逃してあげる。いい、これっきりだからね」
腰に左手を宛がい、右手の人差し指をビシっと俺につきつけるが、人を指差すな。
「じゃ、今日の放課後からとことんいくわよ。覚悟しておきなさい」
最後に何やら怪しげなスマイルを一つだして巫部は校舎へと向かい闊歩していった。
「……はあ、昨日の話ってマジな事だったのか?」
「そうだねえ、本気っぽいよね」
「せっかく高校生になって、楽しそうな学園生活を心待ちにしてたんだけどなあ、なんかとんでもない事に巻き込まれたよな」
「そう? でもいいじゃない。入学早々お友達ができたんだから」
この子はなんてお気楽なんだよ、まったく。なんとなくこの状況って、「お友達と楽しく高校生活」ってよりも、ちょっと痛そうな奴に絡まれてカツアゲされている気分っぽいのは気のせいなのだろうか。
午前中の授業やらが終わり、昼休みが終わっても俺の気分は優れない。そりゃそうだろ、入学式前に女子から話しかけられるなんてことはこの上なく歓迎すべき事柄なのだが、それが、バラ色の情事ではなく、どちらかと言うと南米あたりで咲いてそうな毒々しい不吉な花の色の事情だったとはな。しかもあんな話だろ? まったくもって意味がわからん。これから俺はどうしたらいいのか、頬杖をつきながら、窓の外を見つめ暗澹たる気分を増幅させずにはいられなかった。ああ、このまま放課後が来なければいいのにな。
しかし、まあ、時間の流れというものは残酷なもので、授業を二つ受けると放課後がやってきてしまった。はあ、これからどうなるのか、考えるだけでも憂鬱になっちまう。だが、ここでどうだろう。昨日のようにホームルームが終わると同時に廊下に飛び出しちまえば、巫部凜という存在から逃げ失せる事ができるのではないか? よし、我ながらいい案だ。ホームルームの終了と同時にダッシュだなこりゃ。
担任教師がホームルームの終了を告げ、クラス委員長が起立、礼、と言った所でミッションスタートだ。鞄を掴むとドアに向かい一目散。勝利を確信し、引き戸に力を入れた瞬間、
「あんた、何やってんのよ」
視線を上げた俺に巫部が仁王立ちで睨みを効かせていた。
「……」
何だ? 何が起こったんだ? 確かに俺はクラスの誰よりも早くドアに到達した。だが何故巫部が目の前にいるんだ? 未だ呆けている俺のネクタイを掴むと、弾んだような声で廊下を歩き出した。
「さあ、行きましょう」
「あっ、あのちょっと……」
「なによ」
「いっ、いやあ、ちょっと俺、今日は用事があるんだけどなあ」
「へー、で?」
「で、とは?」
「で、何なのよ。私が会話をしてあげてるのよ。ありがたく思いなさい。さあ、行くわよ」
「ちょっ、ちょっと待てよ」
俺の声なんか完璧にシカトし、理不尽さ全開で廊下を歩いていく巫部とその後を犬かなにかのようにネクタイを引っ張られながら歩かされているのだが、なんの罰ゲームなんだよ。一体。
無言のまま、どこかの空き教室らしき所に俺を押し込めた巫部は、
「さっ、いきなりもう一つの世界を探すって言ってもどんなものかわからないわよね。今日は私がみっちり教えてあげる。さあ座った座った」
そう言うと巫部はポケットから取り出した眼鏡を掛けながら腕まくりし、俺に向き直るのだが、何故に眼鏡?
「この方が気分出るでしょ。私女教師って響きに憧れているのよねえ。なんかそそられるものがない?」
断言するが、まったくもってない。

