何度目の体験だろうか数えるのも面倒になってきたが、段々と視界が白くなってくる。もはやおなじみと言えそうな感覚で、俺は瞼を開いた。
 今度はどこで、目を覚ましたのだろうか、首を捻り周囲を伺うと、何ということはない、俺の部屋だった。どうやらまた無事に帰ってこれたらしい。
 とりあえず、喉が死ぬほど乾いていたので、キッチンへと階段を下りると、入り口の所でゆきねと鉢合わせしてしまったのだが、
「ふんっ!」
擬音が聞こえてきそうなほど勢い良く首を振ると、無言のまま玄関から出て行ってしまった。
「何だってんだ、一体」
 未だ怒っているように見えるのだが、原因がわからない以上、何をしても解決はしないっぽいし、できそうにもない。触らぬ神に祟りなしだな。
 キッチンでコップ一杯の水を喉に流し込む。冷たい感覚が胃の中に広がり、今まであまり活動しておらず、伸びきってしまった脳のしわが急速に縮むようだ。
 しかし、巫部の死体を二度も見ることになるとはな。思い起こすとそれはもう凄惨な現場だった。俺の制服に飛び散った血液。巫部の体を貫いている長刀……。やばい、何か吐きそうかも。
 若干のふら付きとともにソファーへと腰を下ろすと、
「あらあら、その様子じゃ、大変な目にあったみたいね」
 どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。視線を下げると、ゆきねの使い魔サクラが優雅に近づいてくるじゃないか。と言ってもぬいぐるみな訳なのだが。
「そりゃあ、もう大変でしたよ。目の前で巫部が二回も殺されましたからね」
「そうなの? でも、まあ、無事にこの世界に帰ってこれたんだから良かったじゃない。もしかしたら、一生あっちの世界で暮らすことになちゃったかもしれないんだから」
「それは、そうなんですねどね。ところで、今まであまり姿を見なかったと思うんですけど、どこか行ってたんですか?」
 サクラは、俺の前でちょこんと座ると、
「私は、もともと違う世界の住人なの。あっちの世界の者はこちらの世界に来ることはできない。でも、私はあの子と契約したおかげでこの世界に意識だけは来ることができる。けど、それが精一杯。平衡世界へは行けないのよ」
「はあ……」
「ちゃんと理解してる?」
「まあ、なんとか、というと、さくらの体はここではないどこか別の世界に居て、意識だけがここにいると、そういうことでよね」
「まあ、そうね。この姿は借り物だからね。うふっ、私の体に興味が沸いちゃった? なんなら、こっそり教えてもいいわよ。そうねえ……とっても巨乳で、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでるわよ。一言で言うとナイスバディ、みたいな」
「かっ、からかわないでくださいよ」
 なんとなく、話に耐えられなくなった俺は、横を向き、サクラから視線をはずした。
「あらあら、照れちゃってかわいい。そうね、あの世界に行くことがあるならお見せしましょうか。ついでにいい事もする?」
「いやいや、勘弁してください」
「そうね、からかってる場合じゃないわね」
 そう言うとさくらはテーブルの上に飛び乗った。
「いい? 既にゆきねが説明していると思うけど、ついにニームが目覚めはじめたの。完全に覚醒してしまえば手に追えないんだけど、今はまだ大丈夫、平衡世界が次々覚醒しているだけだから、でも、いずれそれも容量に達する。そうなると……」
「パンクしてしまうんですよね」
「その通り、でも、まだ時間はあるわ。ニームが完全に目覚める前にその宿主をなんとかしないと」
「この世界にいる巫部を殺すってことですか」
「端的に言えばそうね。あら? どうしたの? そんな暗い顔をして」
「いや、ニームとやらの危険性も、この世界が終わってしまうってことも分かるんですが、一応知り合いなもんで、なんとか、他の方法は無いものかと思いまして」
「そうね……」
 さくらは手を口に添え少し考えるような素振りをすると、
「実は、ニームについて、私なりに考えていることがあるの」
「考え?」
「ニームはニームになるべくしてなったってこと。いい? 普通に生活していた人間がいきなりニームになるなんて考えられないの。何かきっかけがあるはずよ」
「きっかけ、ですか」
「そう、世界を分岐させ、平衡世界として存在させてしまうような大きな出来事がね。恐らくなんだけど、その要因を排除することで、ニームが消滅するかもしれないわね」
「じゃあ、その出来事とやらを解決することができれば……」
「そうね。もしかすると、世界の崩壊は免れるかもね」
 こりゃ、晴天の霹靂だ。殺すことでしか解決できないと思っていた俺には一筋の光明が見えた気がした。
「しかし、巫部が遭遇した出来事って一体……」
「そこまではわからないわよ。でもね。それは彼女にとって、相当大きかったと思うわよ。なにせニームを目覚めさせてしまうトリガーになったんだから」
 巫部の心を動かした出来事とは何なのだろうか。さっぱり検討がつかないが、それを解決すればこの世界が救われるってんなら、やるしかないな。世界を救うヒーローや、小説や漫画に出てくる世界の崩壊を防ぐ主人公にもなるつもりはないのだが、一人の女子生徒が抱えている問題を解決することぐらいはできると思う。そして、あの楽しかった毎日を取り戻すんだ。