「一世一代の告白だったんだがな」
「そっ、そういうのは、もっとこう……ロマンチックに言いなさいよ!」
「はい?」
「こんな学校の廊下じゃなくて、そうねえ、夜景の見える公園とか、誰もいない海辺とか、あるでしょう」
 こいつは何を言ってるんだ?
「まったく、こんなんじゃ雰囲気もあったもんじゃない……」
 何やらブツブツ言っているが、その顔はまんざらでもないらしい。もしかして、脈があるとか?
「ところで、返事がまだなんだが」
 ここで、成功すれば元の世界に戻れるらしいので、俺は至って紳士的に制服に付いた埃を払いながら近づくと、
「ちょっと待ってよ。こんな事言われたの初めてなんだから……少し時間をくれる?」
「できれは早い方がいいかな。まあ、OKかNOかの二択だかと思うから、そのどちらかの返答でいいよ」
「……」
 巫部は俯いてしまった。
「……じゃないわよ」
「ん?」
 小さい声で聞き取れなかった俺は巫部の顔を覗きこむ。
「だから、NOじゃないって言ってるでしょ!」
「えっ!」
 一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。
「なんであんたが驚くのよ、NOじゃないって言ってるでしょ」
 再びソッポを向いてしまうが、マジで? もしかして成功しちまったって言うのか?
「いっ、いいのかよ」
「もう、いきなりでびっくりしちゃったけど、さっき言ったとおりよ」
 ヤバイぞ、こりゃ。こんな巫部を見るのは超レアじゃん。まるで、正月とゴールデンウィークと盆とシルバーウィークと冬休みがいっぺんに来たようなお祭り感覚じゃないか。
「そっ、それより……」
 巫部は俺の方を向き直った。
「さっき言ったことは本当でしょうね」
「ああ、本当だとも」
 これで、元の世界に帰れるらしいからな。
「じゃあ、証拠を見せなさいよ」
「証拠?」
 何だ? ラブレターでも書けがいいのか? いやいやそんな簡単なことじゃないだろうと頭を捻っていると、
「……」
 巫部は俺の前まで進むと少し上向き加減に瞳を閉じたじゃないか!
 ちょっと待て、俺。冷静に考えろ、今のこの状態を整理しよう。目の前には女の子、その子が若干上を向きつつ目を閉じている。で、さっきは、俺からの告白……。
 と、いうことは、これは紛れもなく、キキキキッス! ってことじゃないのか? なんてこった、超展開すぎる! だが、目の前の巫部はマジっぽいな。ヤバイ、考えると心臓がパンクしそうだ。だが、これでいいのか? ここでキスをすれば俺たちは元の世界に帰れるっていうのか?
「……」
 未だ静かに瞳を閉じている巫部。ええい、ここはもう行くしかない!
 俺は、正面に立ちその肩をつかむと、ピクっと体が震えた。どうやら、巫部も相当緊張しているらしい。元いた世界ではないところで、こんな事をしても良いもんかと考えたが、ここは男を見せるところだろう。
俺も目を閉じ、あと数ミリというところで、
「えっ」
 小さく巫部の声が聞こえた。俺は、その声に目を開けてしまうが、そこで、見たものは……。
 まるで昨日の焼写しだった。巫部の腹からは鋭い鉄製の長いものが生えており、俺の制服には赤い液体が散っていた。
 巫部の顔から血の気が引いていく。
上げかけた右手は、ダラリと垂れ下がり静かに揺れていた。
「なっ!」
 何が起こっているんだ、と言いかけたところで、巫部だったものの後ろからゆきねが顔をだした。その表情はなんとなく険しいように見えるのは気のせいか。
「何やってんだよ。告白すれば殺さなくてもいいって言ったじゃないか」
「私の勘がはずれたみたいね。残念なことにあれじゃ、解決にならなかった。だから、こうして私が出てきたんじゃない」
 巫部の体から長刀を引き抜いたゆきねは、一振りして付着物を払い鞘に収めると、支えが無くなった巫部だったものは、ノーモーションで床にくずれ落ちた。
 その様子を成すすべもなく見つめる事しかできない俺。ゆきねは何故か眉を八の字にしたままだ。
「おいおい、何も今じゃなくてもいいんじゃないか。後でこっそりやるとかさ」
「あら、後の方がよかったのかしら? それはそうよねえ、あの時のあんたの顔ったら、鼻の下を伸ばしちゃってずいぶんだらしなかったこと。もしかしたら、元の世界に戻りたくないんじゃない?」
 相変わらず不機嫌そうなゆきねだが、何故怒っているのかさっぱり分からん。しかし、惜しい事をしたな。もう少しで巫部とキスって所までいったんだからなあ。
「あっ、思い出そうとしてるんでしょ!」
「そっ、そんなんじゃないって」
「じゃあ、何だっていうのよ!」
「そもそもねえ、あんたは……」
 そう言いかけたところで、ゆきねは何かに気づいたように、視線を宙へと彷徨わせると、
「来るわ!」
 その一言で周囲が黒一色となり、俺の意識は深い闇に落ちて行った。