「彼女は願った。彼と付き合っている世界を。間違った選択をしてしまったこの世界ではなく、幸せに満ち満ちている世界を、ね」
「じゃあ、巫部がそんな世界を望んだから、いくつもの世界ができてしまったって言うのか?」
「もともとニームの素質はあったのよ、それでその事がきっかけで次々と世界を構築してしまっているわけ。それこそ、無限にね」
 なんとも嘘くさいはなしだが、ゆきねが言うということは本当のことなんだろうか。
「それって、本当のことなのか? 巫部にそんな過去があったなんて」
「いや、私の推測よ。最初に言ったじゃない」
 あっけらかんと言い切るゆきねだが、妄想も大概にしておけ!
「と、言うわけで、巫部凜にちゃんと告白すること! それでこの世界は収束し、元の世界に戻ることができるかもしれないんだから」
そう言ってってゆきねは右手をビシッとおれに突きつけるが、理不尽さマックスだ。
「一応聞いていいか、俺に拒否権は……」
「ない!」
 質問を言い終わる前に回答を聞いちまった。しかし、これってマジなことなのか?

 巫部に告ることで戻れるなんて、俺にはとても正解だとは思えないのだが。
 
 そして、ミッションスタートになるわけなのだが、どうも今回はやる気がでない。人生初となる告白を、元の世界ではなく、こんな異世界と言ってもいい場所でしなくてはならないのだからな。だが、ここで、引き返すことはできないらしい。俺の首尾を見届けるといって、柱の陰からゆきねがにらんでいるしな。ここはもう、腹をくくるしかないのか?
 とりあえず、こうして教室にいてもどやされそうなので、生徒会室に向かう。足が鉛のように重くなっているのは、重力が増してしまったわけではあるまい。
 どのように誘い、どのような言葉にするのか、色々思案していると、
「あれ? あなた」
 不意に背後から声がかけられた。咄嗟に振り向くと、そこには、巫部が立っているじゃないか。不意打ちもいいところだ、いきなりターゲットが目の前にいるんだからな。
「こんな所で会うなんて奇遇ね。なに? 生徒会室に来たの? ならこっちだけど」
 そう言って巫部は歩き出した。面食らってしまったが、良く考えろ、これは、もはや一世一代のチャンスと言っても過言ではないんじゃないか? 俺は、今までの人生の中で最大級の度胸を発揮せねば。
「あっ、あの……」
「何?」
「あっ、あのさ……」
「どうしたの? 言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
 巫部が前かがみになり、息がかかるほど目の前に顔がある。俺はと言えば相も変わらず挙動不審な犬のように狼狽えるだけであった。なんとか、巫部から視線を外そうと、階段の方を見ると、廊下の角からゆきねが顔だし、俺の様子を伺ってじゃないか。そんな、見られながら告白なんてできるかってんだ!
「あっ、あっ……」
 ついてには言葉ではなく、単語しか出なくなってしまう俺。だが、廊下の角からはゆきねが絶対零度並みの冷めた視線を向けているじ、たとえこの状況から脱せたとしてもその後が怖そうだ。ならば、ここで、一気に決めてしまうしかない。
 俺は、全身の勇気を振り絞り、腹筋に力を入れた。
「あっ、あの! 好きです! 付き合ってください」
 そう言って、体が直角になるほどに頭を下げた。
 そして数分、いや、何かを待っている時は数秒が数分にも数十分にも感じると言われているが、なるほど、言い得て妙だな。なんて、冷静に分析している場合じゃない。どのくらい時間がたったかわからないが、顔を上げてみる。まあ、時間にすると五秒くらいだったのかもしれないが、だが、そこには、
「…………」
 鳩が豆鉄砲でもくらったかのように呆けた巫部の顔があった。
「あっ、あのう……」
 恐る恐る声をかけてみる。
「はっ!」
 顔を覗き込もうとすると、巫部は我に返ったらしい。だが、未だ視線は宙を舞っていた。
「いっ、いきなりビックリさせるようなこと言ってごめん」
 とりあえず、反応を確認してみないとな。
「あっ、あっ……」
 やっとのことで巫部から言葉が発せられたが、何故だかその顔はみるみる上気していく。
「あっ、あんたは、何言ってんの!」
 そう言って、右ストレートが炸裂! いつぞやのように簡単に吹っ飛ばされる俺。
 何度か床を転がった後、壁にぶつかり止まるが、何故俺が殴られにゃならんのだ! 色々なところに強打したおかげか、体に力が入らないが、なんとか生まれたての小鹿のように立ち上がり、巫部の方を見上げると、そこには、蒸気でも噴出するんじゃないかと思うくらい真っ赤な顔をした巫部の姿。何がどうしたってんだ?
「ちょっと、いきなり何を言い出すのよ!」
 激しく叱責されるが、そんな赤い顔じゃ説得力がないぞ。
「いやいや、俺は心の内を言ったまでなんだが」
「ふん!」
 ついには、ソッポを向かれてしまった。