「おいおい、大丈夫かよ」
「えへへ、転んじゃった」
 顔面に砂を付け、頭をかく麻衣。
 やっぱ、こんなドジっ子には教えない方がいいかもな。世界の終わりだとか、その原因が巫部だなんて事を。ここは、俺とゆきねがなんとかしなければならないって事なのか?
 さて、その翌日、一変しちまった世界に若干の混乱を伴いながら麻衣と登校する。今日もまた、あの『生徒会長 巫部凜』を拝まなくてはならないのか。辟易としながら、校門前へと歩を進めるが、のんびり歩いていたせいで予冷が鳴ってしまった。
「ヤバイ、麻衣、急ぐぞ」
 麻衣への向き直り駆け出した矢先だった。
「キャア」
校門をくぐった瞬間何かに派手にぶつかった。いてて、なんだよ、もう。
そう言って視線を前方に移すと、そこには尻餅をついた巫部がいるじゃないか。
「……」
 咄嗟に声がでない。混乱度が増すので、なるべくなら出会いたくない生徒会長様がそこにいた。
「ちょっと、あなた何やってるのよ」
「ああ、ごめん。少し急いでたもんだから」
 巫部は起き上がりスカートに付いた砂を払いながら、
「もう、気をつけてよね。そもそも、もう少し時間に余裕を持って登校すればこんなことにはならないんじゃない」
「そっ、それはそうだな。すまない。今後気を付けるよ」
「そうしてもらえる。……あら?」
 そこまで言って巫部は俺に気が付いたらしい。
「あなたは、昨日の」
 ここは何て言えばいいのだろう。すでにおなじみになったあだ名を答えるのか、本名を答えるのか。さあ、どっちだ。そんな思案をしていると。
「あの後生徒会室で待っていたのだけれど、陳情はいいのかしら?」
 どうやら生徒会長様に直訴にきた生徒と思われているらしい。
「ああ、あれはいいんだ。迷惑かけてすまなかったな」
「そう……」
 巫部なぜだか俺を見つめている。
「あっ、あの……あなたとは昔何処かで逢ったような気がすんだけど、気のせいかしら?」
 突然の言葉だったが、久しぶりの巫部とのまっとうな会話に眩暈がするぜ。ああ、会っていたさ、別の世界ではな。そっちの世界でお前は俺たちをとんでもない事に巻き込みやがったんだ。だが、この世界の巫部は違う。俺たちが良く知っている巫部ではないのだ。
 しばらく俺の顔を観察していた巫部だったが、
「ごめんね。やっぱり気のせいだったみたい」
 そう言い残し踵を返した。ぼんやりとその姿を追う俺はさきほどの言葉を反芻していた。俺の事を知っているかもしれないって、もしかすると、この世界と元の世界は繋がりがあるのかもしれない。なんとなくだが、あの世界へ帰れるって希望がわいてきたのかもしれないな。
 一通り授業が終了し、さて、放課後。どやらこの世界で俺は生徒会とは何の関係もない一般生徒らしいので、帰宅部の活動を開始するかねえ。と、鞄を手に立ち上がると、
「ちょっと、いい」
 背後から女子の澄んだ声がかけられ、振り向くと制服姿のゆきねがそこに立っていた。もはやなんで制服を着てるんだって言うツッコミは野暮ってもんだな。
「一体どうしたんだ」
「この世界からの脱出について私なりに考えたの」
 いつになく真剣な表情のゆきねに、俺もつられて真剣に耳を傾ける。
「この世界は前と同じよ。元いた世界と平行に並ぶ時間軸の上にあるの。どこかで分岐した本来訪れるはずであったもう一つの可能性。過去のある時点で巫部凜がある選択をしていると、この世界が正の世界になったはずよ」
「ちょっと待て、じゃあ、この世界はまったくの嘘の世界って訳じゃないってことなのか?」
「そうよ。この世界は過去のある時点で元いた世界と繋がってる。過去のある時に分岐した世界に間違いないの」
「そりゃ一体どこで」
「そこまではわからないわ。ただ一つ言えることは、その分岐の中心に巫部凜がいたってこと」
「巫部がか? ってことは、あいつのせいでこんな世界が出来上がっちまったってことか」
「まあ、そうなるわね。で、ここからが本題よ。この世界からの脱出なんだけど、どうやらあんたに掛かっているみたい」
「俺に?」
「そう、あんたに。単刀直入に言うわ。巫部凜に告白しなさい」
「……はい?」
 ゆきねの言葉をすぐには理解できなかった。それぐらい衝撃的な発言をしたと思う。人間の脳ってやつは、あまりにも衝撃的な発言の際には脳の方でその記憶を消そうとする……らしい。
「ちゃんと聞いてたの?」
 ゆきねは俺に詰め寄ってくるが、こいつは何を言っているのだろうか、少し前の記憶を呼び起こしてみる。たしかこいつは、巫部に告白しろって言っていたような気がする。
「おいおいおい、何で俺が巫部に告らないといけないんだ」
「あんた何にもわかってないわね。こういう現象を起こしてしまう要因は、得てして恋愛沙汰が多いのよ」
 さっぱり理由がわからん。
「いい、これは私の推測なんだけど……その昔、彼女は恋をした。だけどその思いを彼に告げることでフラれたらどうしよう、今までの関係が崩れてしまうんじゃないかと葛藤した。悩んで悩んで悩みぬいた。で、結果として彼女はそのままの関係性を選んだのよ。その後は想像通り、彼との距離は平行のまま、今に至るってわけ」
「なんつー二流恋愛小説なんだよ。そもそもそんなちっぽけな理由で世界が分かれてしまうなんて、ありえんだろ」
「この話には、続きがあるのよ。最後までちゃんと聞きなさい、まったく。コホン」
 一つ咳払いをし、姿勢を正すゆきね。