「おいおい、冗談はよせよ。俺だよ」
「心当たりがないのですが。何組の方ですか?」
「ねえ、美羽ちゃん。どうしちゃったの?」
麻衣は寂しそうな表情で天笠を見つめていた。
「どうしたのと言われましても……あのう、人違いではないですか?」
あくまで俺たちを知らないと言い張る天笠。だが、その表情や口調は嘘を付いているようには思えなかった。俺を殺しにかかった奴だぞ? それすら忘れちまったというのか?
押し黙る三人。永遠に続くと思われた静寂は、
「ちょっと、あなた達。生徒会役員に何をやってんの」
どことなく聞いた事のある声によって、あっさりと打ち破られたのだった。
「あっ、会長」
天笠の声に麻衣と同時に振り向くと、巫部が両手を腰に宛がい立っていた。
「天笠さん。これから会議って言ってあったでしょ。早く行くわよ」
「はっ、はい」
踵を返した巫部の後を飼い主を見つけた子犬のように小走りで着いていく天笠。俺と麻衣は呆然としながら見送る事しかできなかった。巫部は数歩歩いた所で立ち止まり振り向くと、
「生徒会への陳情なら生徒会室で聞くわ。お話しがあるのならどうぞ」
そう言って髪をかき上げると再び踵を返し歩いていく。俺達は巫部と天笠が角を曲がるまでその場を動けないでいた。
「やっぱりいつもの巫部さんじゃなわよね」
俯きながら麻衣は呟くが、『いつもの巫部じゃない』どころではない。昨日に引き続き今日も訳のわからない世界に放り込まれたってことか?
うなだれるように廊下を歩いていると、前方から見慣れた少女が歩いてきた。そうだ、俺たちの他にこの世界の秘密を知っている奴がいたじゃないか。こいいつの事をすっかり忘れているなんて、テンパり具合も全開だったようだ。
「……」
ゆきねは俺たちの目の前までくると、こんな無言をぶつけてきた。
「よっ、よお、今お帰りか?」
「…………こっち」
麻衣に聞こえないように小さく呟いたゆきねは、視線を階段の方へと向けた。
「すまん。麻衣、ちょっとここで待っててくれ」
「えっ、蘭。ちょっと」
少し不安そうな顔になった麻衣を残しゆきねと階段へ向かう。昨日と同じ場所。屋上へと続く踊り場へとやってきた。こんな訳のわからん世界でもこいつが仲間だと結構心強く感じちまうぜ。まあ、以前は殺されかけた訳だがな。
「なっ、なあ、巫部のやつ、今日は生徒会長になってるぞ」
「この世界は昨日の世界とは違うわよ。数ある可能性の一つに過ぎないの。私たちが平行に広がる世界を彷徨っているだけだと思われるわ」
いや、意味がわからない。
「いい、つまり明日も違う可能性があるってこと。この状況は危険だわ」
「危険って、具体的にはどうなるんだ? このままずっと訳のわからん世界を旅するってことなのか」
「このまま世界が膨張し続けるとやがて容量に達するのよ。あとバグの発生も懸念しなくちゃいけない」
「容量に達するとどうなるんだ?」
「容量に達した世界は全てリセットされる」
「って事は、前にさくらが言っていた事になるってことなのか?」
「そうなるわね。世界のリセット、すなわち生命と呼称されるものは全て無に帰すってこと。まあ、世界容量に達しなくても、バグが発生して世界を覆っても終わりなんだけどね」
「どうしたらいいんだよ」
前回は特に気にも留めていなかったが、なんとなくこの状況を説明されると、背中に冷たいものが走る。やけにリアリティーのある話になっちまったじゃないか。
「やがて容量に達する日が来る。その時までに本来の世界にいる彼女が作り出す平衡世界の増加を阻止する事が必要なの」
「平衡世界の増加を防ぐって、一体どうやって?」
「それがわかれば苦労はしないわ。だからあんたが必要なの。あんたはもしかしたら鍵かもしれないんだから、まあ、あんたには心当たりはないだろうけど、この世界はあんた次第。あんたがニームの作り出す世界の増加を抑えなければこの世が終わるのよ」
「でも、その巫部って、この世界の巫部じゃないよな。本来の世界って……」
「大人しくなっていたり、生徒会長になっていない、あなたを生徒会長に推薦した世界の彼女が本来の姿よ。その世界にいる彼女がこの世界を作り出しているってわけ」
「どうやったらその世界に戻れるんだ?」
「それもわからないわ。もしかしたら、ずっとこのままかもしれないしね。そうなったら……チェックメイト」
俯きがちに呟いていたゆきねは俺を見つめると、はっきりと意思の篭ったような瞳で俺に告げた。
「わかったが、巫部がへんてこな世界を作り出す原因がわからないと俺にはどうしようもできないぞ」
「できなければ、この世が終わるのよ」
冷たい視線で俺を見つめるが、そんな抽象的な事を言われてもねえ。
「本来の世界に戻るまで待つしかないわよ。今できるのはそれだけ」
ゆきねは踵を返し階段を下りようと踵を返すが、
「そうそう、彼女の事なんだけど、やっぱりあのやり方しかないみたい。だからあんたは、明日の放課後に彼女を呼び出してちょうだい」
背中越しに言葉を紡ぐが、その表情は伺いしれない。
「呼び出すって、また昨日みたいなことになるのか? できれば、違う方法で解決したんだが」
まあ、目の前での殺戮なんてごめんだしな。あの光景を思いだすだけで胃の奥から込み上げるものがあるってもんだ。
「そうねえ……」
振り向いたゆきねは何やら考え込んで、
「ちょっと考えておくわ。詳しくは明日話すから」
再度踵を返し階段を下りていった。
「一体、俺にどうしろって言うんだよ」
誰に聞かせることなく、呟いた言葉は、少しカビ臭い階段に消えていった。
「よお、麻衣。お待たせ」
「もっ、もう、蘭ったら、また御巫さんんと内緒話? いつのまにそんなに仲良くなったのよ?」
廊下で少し怯えるように小さく丸まっていた麻衣に極めて明るく挨振る舞い、少し頬を膨らませながら睨む麻衣をなだめながら、夕陽の中を駅へと向かった。
しかし、この状況を麻衣に説明した方がいいのかな? 俺とゆきね以外で唯一まともなのは麻衣だけだからな。
腕を組み、右手を口に宛がい考え込んでいると、
「キャッ」
後方から派手な音とともに悲鳴が聞こえてきた。振り向くと、麻衣が大の字で道路にダイブしているじゃないか。
「心当たりがないのですが。何組の方ですか?」
「ねえ、美羽ちゃん。どうしちゃったの?」
麻衣は寂しそうな表情で天笠を見つめていた。
「どうしたのと言われましても……あのう、人違いではないですか?」
あくまで俺たちを知らないと言い張る天笠。だが、その表情や口調は嘘を付いているようには思えなかった。俺を殺しにかかった奴だぞ? それすら忘れちまったというのか?
押し黙る三人。永遠に続くと思われた静寂は、
「ちょっと、あなた達。生徒会役員に何をやってんの」
どことなく聞いた事のある声によって、あっさりと打ち破られたのだった。
「あっ、会長」
天笠の声に麻衣と同時に振り向くと、巫部が両手を腰に宛がい立っていた。
「天笠さん。これから会議って言ってあったでしょ。早く行くわよ」
「はっ、はい」
踵を返した巫部の後を飼い主を見つけた子犬のように小走りで着いていく天笠。俺と麻衣は呆然としながら見送る事しかできなかった。巫部は数歩歩いた所で立ち止まり振り向くと、
「生徒会への陳情なら生徒会室で聞くわ。お話しがあるのならどうぞ」
そう言って髪をかき上げると再び踵を返し歩いていく。俺達は巫部と天笠が角を曲がるまでその場を動けないでいた。
「やっぱりいつもの巫部さんじゃなわよね」
俯きながら麻衣は呟くが、『いつもの巫部じゃない』どころではない。昨日に引き続き今日も訳のわからない世界に放り込まれたってことか?
うなだれるように廊下を歩いていると、前方から見慣れた少女が歩いてきた。そうだ、俺たちの他にこの世界の秘密を知っている奴がいたじゃないか。こいいつの事をすっかり忘れているなんて、テンパり具合も全開だったようだ。
「……」
ゆきねは俺たちの目の前までくると、こんな無言をぶつけてきた。
「よっ、よお、今お帰りか?」
「…………こっち」
麻衣に聞こえないように小さく呟いたゆきねは、視線を階段の方へと向けた。
「すまん。麻衣、ちょっとここで待っててくれ」
「えっ、蘭。ちょっと」
少し不安そうな顔になった麻衣を残しゆきねと階段へ向かう。昨日と同じ場所。屋上へと続く踊り場へとやってきた。こんな訳のわからん世界でもこいつが仲間だと結構心強く感じちまうぜ。まあ、以前は殺されかけた訳だがな。
「なっ、なあ、巫部のやつ、今日は生徒会長になってるぞ」
「この世界は昨日の世界とは違うわよ。数ある可能性の一つに過ぎないの。私たちが平行に広がる世界を彷徨っているだけだと思われるわ」
いや、意味がわからない。
「いい、つまり明日も違う可能性があるってこと。この状況は危険だわ」
「危険って、具体的にはどうなるんだ? このままずっと訳のわからん世界を旅するってことなのか」
「このまま世界が膨張し続けるとやがて容量に達するのよ。あとバグの発生も懸念しなくちゃいけない」
「容量に達するとどうなるんだ?」
「容量に達した世界は全てリセットされる」
「って事は、前にさくらが言っていた事になるってことなのか?」
「そうなるわね。世界のリセット、すなわち生命と呼称されるものは全て無に帰すってこと。まあ、世界容量に達しなくても、バグが発生して世界を覆っても終わりなんだけどね」
「どうしたらいいんだよ」
前回は特に気にも留めていなかったが、なんとなくこの状況を説明されると、背中に冷たいものが走る。やけにリアリティーのある話になっちまったじゃないか。
「やがて容量に達する日が来る。その時までに本来の世界にいる彼女が作り出す平衡世界の増加を阻止する事が必要なの」
「平衡世界の増加を防ぐって、一体どうやって?」
「それがわかれば苦労はしないわ。だからあんたが必要なの。あんたはもしかしたら鍵かもしれないんだから、まあ、あんたには心当たりはないだろうけど、この世界はあんた次第。あんたがニームの作り出す世界の増加を抑えなければこの世が終わるのよ」
「でも、その巫部って、この世界の巫部じゃないよな。本来の世界って……」
「大人しくなっていたり、生徒会長になっていない、あなたを生徒会長に推薦した世界の彼女が本来の姿よ。その世界にいる彼女がこの世界を作り出しているってわけ」
「どうやったらその世界に戻れるんだ?」
「それもわからないわ。もしかしたら、ずっとこのままかもしれないしね。そうなったら……チェックメイト」
俯きがちに呟いていたゆきねは俺を見つめると、はっきりと意思の篭ったような瞳で俺に告げた。
「わかったが、巫部がへんてこな世界を作り出す原因がわからないと俺にはどうしようもできないぞ」
「できなければ、この世が終わるのよ」
冷たい視線で俺を見つめるが、そんな抽象的な事を言われてもねえ。
「本来の世界に戻るまで待つしかないわよ。今できるのはそれだけ」
ゆきねは踵を返し階段を下りようと踵を返すが、
「そうそう、彼女の事なんだけど、やっぱりあのやり方しかないみたい。だからあんたは、明日の放課後に彼女を呼び出してちょうだい」
背中越しに言葉を紡ぐが、その表情は伺いしれない。
「呼び出すって、また昨日みたいなことになるのか? できれば、違う方法で解決したんだが」
まあ、目の前での殺戮なんてごめんだしな。あの光景を思いだすだけで胃の奥から込み上げるものがあるってもんだ。
「そうねえ……」
振り向いたゆきねは何やら考え込んで、
「ちょっと考えておくわ。詳しくは明日話すから」
再度踵を返し階段を下りていった。
「一体、俺にどうしろって言うんだよ」
誰に聞かせることなく、呟いた言葉は、少しカビ臭い階段に消えていった。
「よお、麻衣。お待たせ」
「もっ、もう、蘭ったら、また御巫さんんと内緒話? いつのまにそんなに仲良くなったのよ?」
廊下で少し怯えるように小さく丸まっていた麻衣に極めて明るく挨振る舞い、少し頬を膨らませながら睨む麻衣をなだめながら、夕陽の中を駅へと向かった。
しかし、この状況を麻衣に説明した方がいいのかな? 俺とゆきね以外で唯一まともなのは麻衣だけだからな。
腕を組み、右手を口に宛がい考え込んでいると、
「キャッ」
後方から派手な音とともに悲鳴が聞こえてきた。振り向くと、麻衣が大の字で道路にダイブしているじゃないか。

