「そんな訳ないって、巫部は今生徒会室にいるが至って普通だったぞ」
「本当?」
「ああ、本当だ。生徒会室に来ればわかるよ」
 そう言って麻衣は立ち上がり、傍若無人大魔王が待つ生徒会室へと向かった。
 それからはいつもの通り、巫部は相変わらずぶっ飛んでおり、頷くだけの麻衣とコーヒーメーカーと化した天笠、そして、雑誌の付録のごとくの俺。ああ、いつも通りの時間だな。と、しみじみ思うのであった。


 翌日。瞼は重いが学校へ行かなくてはならない。義務教育ではないのでサボってしまおうかとも思っていたが、後々面倒くさそうなので、重い気分を引きずりながらも田園風景のど真ん中を歩いていると、
「おはよう」
 不意に後ろから声を掛けられるが、振り向くと麻衣がいつもの笑顔で立っていた。
「よお、おはよう」
 そう言い返し二人並んでいつもの通り、学校へと向かう。昨日はとんでもない目に遭わされた。このようにいつもの日常がありがたく思えるな。
 ただまあ、昨日のこともあるので、若干ビビリながら、教室の前で中の様子を伺うと、巫部の席には誰もおらず、まだ登校していないようだ。
「巫部はまだ来てないみたいだな」
「いつもこの時間には来てたのにどうしたんだろうね」
 麻衣は首を傾げながら巫部の席を見つめていた。まあ、来ていないものはしょうがないさと、教室に入ろうとすると、
「そうねえ、その件は風紀委員と連携を取って勧めてちょうだい」
 それっぽい声に視線を廊下の奥に向けると、何故か巫部が取り巻きっぽい奴らの先頭を歩いていた。
「会長、運動部の予算配分についてですけど」
 眼鏡をかけ、いかにも優秀ですといった感じの取り巻きの娘が手元の資料を見ながら巫部の横につくと、
「そうねえ、それは明日の全体会議で議論しましょう」
 教室の前まで来ると、髪を右手で掻き揚げ、
「じゃ、詳しい事は放課後にね」
 そういい残し、俺たちに視線を配る事無く教室へと入ってしまった。もう、俺と麻衣には無言以外の言葉が思い浮かばない。
 こりゃ一体そういう事なんだ? 混乱する頭に冷静になれと指令を出し、クラスメイトをとっ捕まえた。
「おっ、おい、ありゃなんなんだ?」
「はあ? あれは、巫部会長だろ、蘭は何言ってんだ?」
「いやいや、なあ、巫部っていうのは、ほら、随分とぶっ飛んだ奴じゃなかったけか?」
「はあ? 何言ってんだ? 巫部さんは正に文武両道、才色兼備という言葉がぴったりな人じゃないか。くうー、あんな娘が彼女だったらなあ」
 気持ち悪い笑顔を浮かべているクラスメイトだが、もう駄目だ、俺の理解を超えている気がする。昨日はいきなり大人しくなり、ゆきねにぐっさりとやられた巫部が今日は生徒会長だと? 夢ならいいかげん覚めてくれよ。こんな事が続くと俺の神経がイカれてしまうではないか。
 本日の授業も右から左に聞き流している。そりゃそうだろ、こんな訳のわからん世界になっちなっているのだからな。昨日までは大人し過ぎて、どちらかと言えば根暗な巫部だったのに対し、今日になったら全校生徒羨望の生徒会長になってやがるなんて、もう、意味がわからん。完全に頭の中が御釈迦になってしまったのかもしれない。もうまともな思考はできそうにないぞ。
 こんな調子で考えていたのだが、やはり今日も答えは浮かばない。まあ、当然かもな、今までこんな事態に巻き込まれた事なんてないのだから。時間が経過しても俺の頭はロールプレイングゲームで混乱の呪文を掛けられたモンスター張りにバッドな方向へ向かっている状態なのだが、放課後になるも、俺の思考はまとまらない。昨日の巫部は根暗っ子になっていたし、今日は生徒会長だと? 冗談も甚だしいぜ。
 とりあえず、いつものルーティーン通り生徒会室へ行かないとな。サボったらサボったで生徒会顧問にどやされちまうからな。
 いまだ自席でボケーっとしている麻衣に声をかけ、生徒会室へ向かうが、その廊下で、
「ねえ、巫部さんが生徒会長って本当なの?」
 今まで下を向いていた麻衣は、頼りなさそうな目で俺を見つめてきた。
「そんな訳はないと思うんだけどなあ。あいつが会長だったら俺はどうなるんだって感じだぜ」
「そうよね。私も生徒会選挙の記憶もあるし、気のせいなのかな?」
「ああ、多分みんな俺たちをからかってるだけなんだ。きっと」
 なんとなく違う気がすものの、強制的に自我を納得させ、麻衣と二人生徒会室へ向かい、階段を下りたところで対面から歩いてきた天笠とバッタリ出くわした。
「よお天笠、これから生徒会室へ行くのか?」
 よかった。ここで生徒会メンバーに遭遇とはなんとも安心感があるな。やっぱ巫部の事は杞憂だったって事だ。
「…………」
「おいおい、どうした? ボーっとしちゃって。いつもの天笠らしくないぞ」
 俺の言葉で露骨に怪訝さを増す天笠。この雰囲気はなんとなく、知らない男子にいきなり声をかけられたって感じだぞ。
「美羽ちゃん。こんにちはです」
 天笠の態度を不審に思ったのか、今度は麻衣が声をかけている。
「あっ……」
 天笠の口が弱々しく動く。
「あっ、あのう、どちら様でしょうか?」
「はい?」
 若干の怯えと共に、とんでもない事を口にしやがった。どちら様って、俺と麻衣を忘れたって言うのか? 若年性痴呆症にはまだ早いぞ。