「あの世界は彼女、ううん、ニームが作りだした平衡世界の一つ。遠い過去で枝分かれした現実になりうる可能性のあった世界の一つなの。でも私たちがいた世界からすると虚構の世界。だから、その世界の彼女を消せばその世界が収束も収束するのよ」
もう一つの世界か。確かに言われてみればそんな気もする。豹変した巫部の性格、しかもクラメイト全員がそれを肯定していたし、別の世界って比喩が一番しっくりくる。
「じゃあ、その巫部を殺したから、俺たちはこの世界に戻ってこれたってことか?」
「そうよ。あのような世界からの脱出方法は一つ、ゲームマスターを葬り去ることなの」
「ゲームマスターって……」
「あの世界はニームが作り上げたゲームの中のような世界なの。だから、その世界を作り出した元凶はゲームマスターという呼称が正しいいんじゃないの?」
「呼び方は何でもいいんだけどさ……と、いうことは、ここはもう元の世界なのか?」
「そうよ。その証拠に、彼女も元通りだったでしょう」
全て見ていたかのようなゆきねの口調も、先ほどの生徒会室を思い出すが、なるほど、確かにさっきの巫部は今まで俺たちが見てきた奴そのものだったな。ってことは、ここはもう、元居た世界だってことか。
「なんでまた、俺たちはあんな世界に巻き込まれちまったんだ?」
「この前言ったけど、それはわからないの。ニームの力が目覚めたのか、それ以外の要因なのか、通常、あの世界の住人は全ての人がその世界のそれまでの生活をしている。だから誰も気づきはしない。だけど、あんた達だけは、自分の意思を持っていた。やはり、あんたがそうと考えるのが自然よね」
「俺が、何?」
「この世界を救う鍵ってこと」
「鍵ってなんだよ」
「それは未だ言えない。あまりにも不確定事項が多すぎるから、余計な事を言ってあんたを混乱させても悪いからね。でも、これだけは覚えておいて。もしかすると、また、あのような世界に巻き込まれることがある、と」
とんでもない事をさらりと吐き、ゆきねは階段を降りようとする。
「ちょっと、待ってくれ」
「なに?」
「あのさ、あいう世界から戻るのって、いちいち巫部を殺さなくちゃいけないのか?」
「そうりゃそうよ。それこそ前にも言ったでしょ。ニームを殺すのは私の役割ってね」
「前にも言ったが、できれば、ああいうのは今後勘弁してもらえるとありがたいんだが」
これは、一般人の一般的な思考だと思う。目の前であんな光景を見せられたら、誰だってトラウマになりかねん。しばらく肉は食えそうにないしな。
ゆきねは、手を顎に据え、しばらく眉間に皺を寄せたあと、
「あれから、考えたんだけど、やっぱり今はこの方法しかないわ。私はこの世界を救うためなら、最も効果的な対策をとるの」
そう言い残し階段を下りていってしまった。しかし、またやっかいな事になったな。
だが、まあ、あの世界は巫部が作り出したおかしな世界ってことだし、無事に戻ってこられたのなら良しとするか。
とりあえず、色々考えることはあると思うが、そんなのはひとまず保留だ。俺は生徒会室に戻ると、
「ちょっと、蘭」
いきなりの罵声。声を発した方向に視線を向けると、さっきまで物言わぬ肉の塊だった奴が腰に手を宛て仁王立ちしていた。
「麻衣がいないんだけど、知らない? 掃除当番なのかしら?」
「いや、知らないな。俺は放課後直ぐにこっちに来たからな」
「あっそ、じゃあ、探してきなさい」
右手をビシっと俺に突きつける。ちょっと待て、俺はさっきまでとんでもない状況に置かれていたんだぞ。まだ頭の整理がついていない感じがする。だが、どうだ、ここで反論しようものなら、またとんでもない事を言われるに相違ない。ここは大人しくしたがっておくとするかねえ。
「わかったよ。じゃあ、ちょっと探してくる」
「頼んだわよ! あんたはいなくてもいいけど、麻衣がいないんじゃあ、女子会が開けないじゃない」
意味の分からないことをほざく巫部に辟易としながら、俺は麻衣を探しに廊下をあるくのだった。
とりあえずどこに行こう。携帯でコールしても返ってくるのは、女性オペレーターの冷めた声のみで、こりゃ足で探すしかないのかと思い始めたころ、何気なく俺たちの教室を覗くと女子生徒が机に突っ伏しているじゃないか。
寝ている女子に近づくなんて、若干の後ろめたさがあるものの、なんとなく姿が麻衣っぽいので、近くまでくると、やはり、机で寝ているのは麻衣だった。
「おい、麻衣、起きろもう放課後だぞ」
「うーん」
肩をゆすってやると、なんとも寝坊助な返事が返ってきた。
「おいってば」少し強めに揺すると、ゆっくりと顔を上げた。
「あれ? 蘭?」
「ああ、こんな所で寝て一体どうしたんだ?」
まだ寝ぼけているようで、右手で右目を擦る麻衣は、
「あれ? 寝ちゃってたんだ私」
「そうだぞ、それにもう放課後で生徒会室でみんなが待ってるぞ」
「そうなんだ……」」
未だ麻衣の目は宙を彷徨っているかのようだ。
「どうしたんだ?」
「うん。へんな夢みちゃったみたい」
「へんな夢ってどんな?」
「うん。巫部さんがおかしくなっちゃったの。大人しいっていうか、おしとやかっていうか。でも、クラスメイトに聞いてもみんなおかしくないっていうのよ。巫部さんはむかしからああだったって。でね、その夢じゃ、私と蘭だけが正常で、後の皆は巫部さんの異変に気づいていないのよ」
「そりゃまたおかしな夢だな」
「でね。放課後、蘭と御巫さんがどこかに行っちゃったな、と思ったら、急に目の前が真っ暗になって、気づいたらここで寝てたの」
ため息を吐く麻衣だが、そう言えば、麻衣もさっきまでは正常な記憶だったな。と、いうことは、俺と麻衣、ゆきねだけが巫部が作り出した世界の中で正常でいられるってわけか。
「どうしょう、蘭。巫部さんがおかしくなっちゃった」
泣きそうな顔の麻衣は俺に寄ってくるが、顔が近いぞ。
もう一つの世界か。確かに言われてみればそんな気もする。豹変した巫部の性格、しかもクラメイト全員がそれを肯定していたし、別の世界って比喩が一番しっくりくる。
「じゃあ、その巫部を殺したから、俺たちはこの世界に戻ってこれたってことか?」
「そうよ。あのような世界からの脱出方法は一つ、ゲームマスターを葬り去ることなの」
「ゲームマスターって……」
「あの世界はニームが作り上げたゲームの中のような世界なの。だから、その世界を作り出した元凶はゲームマスターという呼称が正しいいんじゃないの?」
「呼び方は何でもいいんだけどさ……と、いうことは、ここはもう元の世界なのか?」
「そうよ。その証拠に、彼女も元通りだったでしょう」
全て見ていたかのようなゆきねの口調も、先ほどの生徒会室を思い出すが、なるほど、確かにさっきの巫部は今まで俺たちが見てきた奴そのものだったな。ってことは、ここはもう、元居た世界だってことか。
「なんでまた、俺たちはあんな世界に巻き込まれちまったんだ?」
「この前言ったけど、それはわからないの。ニームの力が目覚めたのか、それ以外の要因なのか、通常、あの世界の住人は全ての人がその世界のそれまでの生活をしている。だから誰も気づきはしない。だけど、あんた達だけは、自分の意思を持っていた。やはり、あんたがそうと考えるのが自然よね」
「俺が、何?」
「この世界を救う鍵ってこと」
「鍵ってなんだよ」
「それは未だ言えない。あまりにも不確定事項が多すぎるから、余計な事を言ってあんたを混乱させても悪いからね。でも、これだけは覚えておいて。もしかすると、また、あのような世界に巻き込まれることがある、と」
とんでもない事をさらりと吐き、ゆきねは階段を降りようとする。
「ちょっと、待ってくれ」
「なに?」
「あのさ、あいう世界から戻るのって、いちいち巫部を殺さなくちゃいけないのか?」
「そうりゃそうよ。それこそ前にも言ったでしょ。ニームを殺すのは私の役割ってね」
「前にも言ったが、できれば、ああいうのは今後勘弁してもらえるとありがたいんだが」
これは、一般人の一般的な思考だと思う。目の前であんな光景を見せられたら、誰だってトラウマになりかねん。しばらく肉は食えそうにないしな。
ゆきねは、手を顎に据え、しばらく眉間に皺を寄せたあと、
「あれから、考えたんだけど、やっぱり今はこの方法しかないわ。私はこの世界を救うためなら、最も効果的な対策をとるの」
そう言い残し階段を下りていってしまった。しかし、またやっかいな事になったな。
だが、まあ、あの世界は巫部が作り出したおかしな世界ってことだし、無事に戻ってこられたのなら良しとするか。
とりあえず、色々考えることはあると思うが、そんなのはひとまず保留だ。俺は生徒会室に戻ると、
「ちょっと、蘭」
いきなりの罵声。声を発した方向に視線を向けると、さっきまで物言わぬ肉の塊だった奴が腰に手を宛て仁王立ちしていた。
「麻衣がいないんだけど、知らない? 掃除当番なのかしら?」
「いや、知らないな。俺は放課後直ぐにこっちに来たからな」
「あっそ、じゃあ、探してきなさい」
右手をビシっと俺に突きつける。ちょっと待て、俺はさっきまでとんでもない状況に置かれていたんだぞ。まだ頭の整理がついていない感じがする。だが、どうだ、ここで反論しようものなら、またとんでもない事を言われるに相違ない。ここは大人しくしたがっておくとするかねえ。
「わかったよ。じゃあ、ちょっと探してくる」
「頼んだわよ! あんたはいなくてもいいけど、麻衣がいないんじゃあ、女子会が開けないじゃない」
意味の分からないことをほざく巫部に辟易としながら、俺は麻衣を探しに廊下をあるくのだった。
とりあえずどこに行こう。携帯でコールしても返ってくるのは、女性オペレーターの冷めた声のみで、こりゃ足で探すしかないのかと思い始めたころ、何気なく俺たちの教室を覗くと女子生徒が机に突っ伏しているじゃないか。
寝ている女子に近づくなんて、若干の後ろめたさがあるものの、なんとなく姿が麻衣っぽいので、近くまでくると、やはり、机で寝ているのは麻衣だった。
「おい、麻衣、起きろもう放課後だぞ」
「うーん」
肩をゆすってやると、なんとも寝坊助な返事が返ってきた。
「おいってば」少し強めに揺すると、ゆっくりと顔を上げた。
「あれ? 蘭?」
「ああ、こんな所で寝て一体どうしたんだ?」
まだ寝ぼけているようで、右手で右目を擦る麻衣は、
「あれ? 寝ちゃってたんだ私」
「そうだぞ、それにもう放課後で生徒会室でみんなが待ってるぞ」
「そうなんだ……」」
未だ麻衣の目は宙を彷徨っているかのようだ。
「どうしたんだ?」
「うん。へんな夢みちゃったみたい」
「へんな夢ってどんな?」
「うん。巫部さんがおかしくなっちゃったの。大人しいっていうか、おしとやかっていうか。でも、クラスメイトに聞いてもみんなおかしくないっていうのよ。巫部さんはむかしからああだったって。でね、その夢じゃ、私と蘭だけが正常で、後の皆は巫部さんの異変に気づいていないのよ」
「そりゃまたおかしな夢だな」
「でね。放課後、蘭と御巫さんがどこかに行っちゃったな、と思ったら、急に目の前が真っ暗になって、気づいたらここで寝てたの」
ため息を吐く麻衣だが、そう言えば、麻衣もさっきまでは正常な記憶だったな。と、いうことは、俺と麻衣、ゆきねだけが巫部が作り出した世界の中で正常でいられるってわけか。
「どうしょう、蘭。巫部さんがおかしくなっちゃった」
泣きそうな顔の麻衣は俺に寄ってくるが、顔が近いぞ。

