…………………
…………
……
段々と意識が浮上してくる。視覚は黒一色だったのに対し、初めは点だった白いものが四隅に広がり、今では俺の周りを包み込んでいた。
「はっ!」
意識が戻るのと同時に顔を上げた。瞬間的に俺の視覚に飛び込んできたのは、白い壁と暖かな日差しが差し込む窓。どこかで見たことのある風景だと周囲を伺うと、何ということはない。いつもの生徒会室だった。
「なんで、俺はここにいるんだ?」
若干パニックに陥りそうな脳を冷静にと言い聞かせ、状況の整理を試みる。たしか、さっきまで俺は、階段の踊り場にいて……あれ? なんで、あそこに行ったんだっけ?
記憶がまだ混乱しているらしいが、落ち着いて思考を巡らせてみると、おぼろげながらに記憶が戻ってきた。
「――っ!」
蘇る赤い記憶。あの惨状を脳裏に表してしまった俺は、胃の奥から遡上してくるものを口に手を当てることでなんとか押し戻した。そうだ、確か巫部はゆきねに殺されて……。
もうこれ以上思いだしたくない。まるで、記憶が拒否しているかのようだ。あんなもんは今後一切見たくはないもんな。
「だが、何故ここにいるんだ?」
あの現場の事は保留にするとしても、ここには、もう一つ疑問がある。それは、何故俺は生徒会室で寝ていたかということだ。たしかゆきねが巫部を刺したあと、どこかに落ちていくような感覚があって、気づいたらここにいた。どうなってんだ?
考えていてもまるで答えが浮かばない。ここで、ミステリの主人公ならば、置かれている状況を即座に推理できるのだろうが、あいにく、俺は一般人だ。そんな芸当はできるわけないのだ。
「考えていてもしょうがない。まだ放課後っぽいし、教室にでも行ってみるか」
俺は考えることを先延ばしにし、生徒会室をでようと扉の前に向かうと、
「いやー掃除が長引いちゃってさ、来るのが遅れちゃったわよ」
一昨日までと同じように、巫部が笑顔で扉を開けやがった!
「……」
しばし呆然とする俺。待て待て待て、何故、巫部がここにいる。こいつは確かさっき一思いに刺されたんじゃないのか? それも串刺しって例えしか当てはまらないほどの惨殺っぷりで。
「なにやってんのよ蘭。あんた一人?」
巫部は、いつもの感じで俺を一睨みすると、いつもの席に腰を下ろした。
俺の思考は完全フリーズ状態。一体何が起こってんだ。何も考えられず、ぼんやりと巫部の方に向き直ると、
「どうしたの? 顔色が悪いわよ。まるで幽霊でも見たみたいね」
いつものどうってことない性悪女の顔がそこにはあった。
「ああ、なんでもない」
今の俺にはこれしか発せられない。何故巫部が生きているんだ。まったく意味がわからない。
力なくパイプ椅子に腰を下ろすと、
「本当にどうしたの? なんかおかしいわよ。いい精神病院を紹介しよっか? って、聞いてんの?」
巫部の皮肉も一向に受け付けない。俺はただただ呆然としながら、ぼんやりと目の前を見つめることしかできなかった。
「すみません。ホームルームが長引いちゃいました」
今度は、いつものように天笠が入ってきた。
「遅いわ! 美羽。私はコーヒーね」
「はい、今淹れますね。お砂糖はどうしましょうか?」
などと通常の会話がなされている。
「会長もどうですか?」
「ああ、すまんが、ちょっと顔洗ってくるよ」
この場にいては俺の精神が持たないと思い、廊下に避難することにした。廊下を歩きながら考えるが、答えなんてものはこれっぽっちも浮かばい。俺に一体何がどうなってんだ。
とりあえず、水道に向かうと、対面から、見慣れた制服姿の少女が歩いてきた。ゆきねは、あと一メートルというところで立ち止まり、
「あんた、大丈夫なの?」
ここにきてやっと、今の状況にマッチした会話が来た。
「ああ、なんとかな」
「そう、もう少しパニックになると思ったんだけど、意外と冷静なのね」
ゆきねはニヤリと顔を歪ませるが、これが冷静の訳がない。錯乱寸前だ。
「じゃあ全部説明してあげる。こっちへ来て」
そう言ってゆきねは歩き出した。後につくこと約三分、あの踊り場までやってきた。
「さて、あんたは何を見たの?」
振り向きざまに問いかける。
「何って、ここで、巫部をお前が背後から……」
「そう。私はここで、巫部凜を消した」
再度脳裏をかすめるあの記憶。
「あんたは、あの世界の彼女を覚えてる?」
「?」
「記憶が混乱するのももっともよね。でも、慣れてもらわないと、これからきついわよ」
俺にはゆきねの言っている意味がわからない。俺が何て返答しようか迷っていると、
「あの世界の巫部凜は、それはもう美しい淑女になってたわよね。この世界の彼女とはまったく違う性格のように」
ゆきねの問いかけに記憶を巻き戻すと、確かにあの巫部は、中身が入れ替わっっちまったんじゃないかというくらい別人になっていた。
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段々と意識が浮上してくる。視覚は黒一色だったのに対し、初めは点だった白いものが四隅に広がり、今では俺の周りを包み込んでいた。
「はっ!」
意識が戻るのと同時に顔を上げた。瞬間的に俺の視覚に飛び込んできたのは、白い壁と暖かな日差しが差し込む窓。どこかで見たことのある風景だと周囲を伺うと、何ということはない。いつもの生徒会室だった。
「なんで、俺はここにいるんだ?」
若干パニックに陥りそうな脳を冷静にと言い聞かせ、状況の整理を試みる。たしか、さっきまで俺は、階段の踊り場にいて……あれ? なんで、あそこに行ったんだっけ?
記憶がまだ混乱しているらしいが、落ち着いて思考を巡らせてみると、おぼろげながらに記憶が戻ってきた。
「――っ!」
蘇る赤い記憶。あの惨状を脳裏に表してしまった俺は、胃の奥から遡上してくるものを口に手を当てることでなんとか押し戻した。そうだ、確か巫部はゆきねに殺されて……。
もうこれ以上思いだしたくない。まるで、記憶が拒否しているかのようだ。あんなもんは今後一切見たくはないもんな。
「だが、何故ここにいるんだ?」
あの現場の事は保留にするとしても、ここには、もう一つ疑問がある。それは、何故俺は生徒会室で寝ていたかということだ。たしかゆきねが巫部を刺したあと、どこかに落ちていくような感覚があって、気づいたらここにいた。どうなってんだ?
考えていてもまるで答えが浮かばない。ここで、ミステリの主人公ならば、置かれている状況を即座に推理できるのだろうが、あいにく、俺は一般人だ。そんな芸当はできるわけないのだ。
「考えていてもしょうがない。まだ放課後っぽいし、教室にでも行ってみるか」
俺は考えることを先延ばしにし、生徒会室をでようと扉の前に向かうと、
「いやー掃除が長引いちゃってさ、来るのが遅れちゃったわよ」
一昨日までと同じように、巫部が笑顔で扉を開けやがった!
「……」
しばし呆然とする俺。待て待て待て、何故、巫部がここにいる。こいつは確かさっき一思いに刺されたんじゃないのか? それも串刺しって例えしか当てはまらないほどの惨殺っぷりで。
「なにやってんのよ蘭。あんた一人?」
巫部は、いつもの感じで俺を一睨みすると、いつもの席に腰を下ろした。
俺の思考は完全フリーズ状態。一体何が起こってんだ。何も考えられず、ぼんやりと巫部の方に向き直ると、
「どうしたの? 顔色が悪いわよ。まるで幽霊でも見たみたいね」
いつものどうってことない性悪女の顔がそこにはあった。
「ああ、なんでもない」
今の俺にはこれしか発せられない。何故巫部が生きているんだ。まったく意味がわからない。
力なくパイプ椅子に腰を下ろすと、
「本当にどうしたの? なんかおかしいわよ。いい精神病院を紹介しよっか? って、聞いてんの?」
巫部の皮肉も一向に受け付けない。俺はただただ呆然としながら、ぼんやりと目の前を見つめることしかできなかった。
「すみません。ホームルームが長引いちゃいました」
今度は、いつものように天笠が入ってきた。
「遅いわ! 美羽。私はコーヒーね」
「はい、今淹れますね。お砂糖はどうしましょうか?」
などと通常の会話がなされている。
「会長もどうですか?」
「ああ、すまんが、ちょっと顔洗ってくるよ」
この場にいては俺の精神が持たないと思い、廊下に避難することにした。廊下を歩きながら考えるが、答えなんてものはこれっぽっちも浮かばい。俺に一体何がどうなってんだ。
とりあえず、水道に向かうと、対面から、見慣れた制服姿の少女が歩いてきた。ゆきねは、あと一メートルというところで立ち止まり、
「あんた、大丈夫なの?」
ここにきてやっと、今の状況にマッチした会話が来た。
「ああ、なんとかな」
「そう、もう少しパニックになると思ったんだけど、意外と冷静なのね」
ゆきねはニヤリと顔を歪ませるが、これが冷静の訳がない。錯乱寸前だ。
「じゃあ全部説明してあげる。こっちへ来て」
そう言ってゆきねは歩き出した。後につくこと約三分、あの踊り場までやってきた。
「さて、あんたは何を見たの?」
振り向きざまに問いかける。
「何って、ここで、巫部をお前が背後から……」
「そう。私はここで、巫部凜を消した」
再度脳裏をかすめるあの記憶。
「あんたは、あの世界の彼女を覚えてる?」
「?」
「記憶が混乱するのももっともよね。でも、慣れてもらわないと、これからきついわよ」
俺にはゆきねの言っている意味がわからない。俺が何て返答しようか迷っていると、
「あの世界の巫部凜は、それはもう美しい淑女になってたわよね。この世界の彼女とはまったく違う性格のように」
ゆきねの問いかけに記憶を巻き戻すと、確かにあの巫部は、中身が入れ替わっっちまったんじゃないかというくらい別人になっていた。

