ホームルームが終わり、クラスメイトは、学生のパラダイス、放課後という誘惑に誘われるように教室を後にする。十分もしないうちに教室は、俺と巫部の二人だけになってしまった。
 しかし……。巫部を屋上に呼び出すんんてシチュエーションは、なんか、告白でもするような感じだな。
「……」
 待てよ。たしか、先ほど俺が巫部に言った時にあいつはどんな反応をした? たしか、俯いて赤面したような……。
「なんてこった!」
 頭を抱えてのたうちまわってしまう。しまった。これはあきらかに告白フラグじゃないか。何をやっているんだ俺は。他の奴らに知れたら首吊りもんだぞ。
「……あっ、あのう、どうしたのでしょうか?」
 突然の声で冷静になり、顔を上げると、心配そうな顔で巫部が俺を覗き込んでいた。
 そうか、この世界のこいつはこんなだったな。元の世界で、巫部に告白なんて、冗談も甚だしいしな。
「ああ、すまん。なんでもない」
「そっ、それで、お話しというのは……」
 俯きながらも視線は俺をとらえていた。改めて見た巫部の顔は、やはりいつもの自信に満ち満ちている顔ではなく、心が弱いただの女子生徒のようだった。
「ここでは、ちょっと、な。すまんが一緒に来てもらえないか?」
 そう言って俺はゆきねに指定された場所に向かって歩を進め、その後を飼い犬のようにおとなしく巫部もついて来ていた。
 歩きながら思う。やっぱ、こいつはいつもの巫部ではない。顔が同じ明らかな別人のようだ。しかし、ゆきねもなんで、こいつを連れてこいなんて言ったんだ? 確かにこの巫部が全ての元凶だが、こいつに何かできるとも思えない。
 時間にすると三分もかかっていないのだが、大人しくなっちまった巫部と会話もなく歩くというのは、そこはかとなく時間が経過しているような気がする。もう一時間位経過したんじゃないのか?
 ゆきねが指定した場所は、昨日の放課後に連れてこられた場所だ。屋上へと続く階段の踊り場。普段一般生徒は立ち入らない完全な死角というわけだ。こんなところで、一体何をするというのだろう。まっとうな話し合いではないとは思うんだよな。どっちも掴みどころのない性格だし。
「あっ、あの、それでお話しというのは……」
 手を胸の前に宛がっている巫部は、恐る恐るという比喩がぴったりなほど、怯えた目で俺を見上げていた。少し可哀そうかな。こっちでは、こんな大人しい性格だし、元の世界のこいつと一緒に扱ったら失礼だろう。
「すまん。正直に言うと、巫部に話があるのは俺じゃないんだ。他の奴がお前と話をしたいっていうもんだから、俺がここまで連れてきたってわけだ」
「……そう、ですか」
「もうちょっと待ってくれないか? もうすぐ来ると思うんだけど」
 巫部を呼び寄せたのはゆきねだ。俺が巫部を連れてきたのはわかってると思うが、一体何をやっているんだ?
 すると、不意に、
「えっ?」
 という短い声が発生られた。もちろんこれは俺の声ではなく、巫部のものなのだが、どうしたと振り返ろうとすると、俺の制服に何か液体のようなもの付着しているじゃないか。なんなんだよ、雨漏りでもしているのか? と、何の気なしにその液体に触れてみると、
「――――」
 そんな世界に縁のない俺でも一瞬で分かる深紅、しかも若干粘性を持っている液体。
「こっ、これは……」
 それ以上は声が喉を押し広げてくれなかった。
 それは、だれが見ても間違うはずのないもの。しかも一目見ただけで致死量と思われるほどの夥しい血液だった。
 一瞬のうちに頭が空白になる。
 なんだ、何が起こっている? 俺は確か巫部を連れてここまできて、で、なんでこんな大量の血液が付着しているんだ。
 考えていても答えなんか浮かんでこない。ただ一つ言えることは、俺のものじゃないってことくらいだ。ってことは……。
 視線をゆっくり目の前の少女に向けると、俺の目の前には、腹から鋼の塊を生やした巫部が呆然と立ちつくしていた。
「……っ!」
 もはや言葉は喉を通ってくれなかった。少し俯き加減の巫部だが、俺でもはっきりとわかる。
既にそこに命はない。
 その証拠に目からは生気が消え、金属の塊からは巫部のものと思われる赤い液体が滴り落ちていた。
 何が起こっているんだ。目の前の事象は何なんだ。思考がパニックになるのをなんとか耐え、巫部に目を向けた。
 ようやく視点が定まってくる。巫部の腹から突き出ている違和感は、長刀のようで、背中から腹まで貫通しており、即死状態だということしかわからないでいた。
 巫部の死体の前に言葉がでない。目の前で人が死んだ。一体何なんだこれは、こんな状況は想像すらできなかった。だが、それが今、目の前で起こっている。夢なら早く覚めてくれよな。
「夢じゃないわよ」
 俺の思考を完全に否定する聞き覚えのある声に我を取り戻し、声の主を探そうと周囲を伺ってみるが、その主は一向に見当たらない。