「私が導き出した結論は……あんたもニームの一味ってこと!」
 そう言うと同時に勢いよく長刀を振り下ろす。
「なっ!」
 間一髪、隣の空間にダイブすることによって直撃せずにすんだ。こんなもん、まともに食らったら、一瞬で俺の人生が強制終了しちまうだろ。
 ゆきねは、床にささった刀を引き抜き、再び俺に向き直る。
「ちょっ、ちょっと待てよ。何言ったんだ? 俺が仲間だなんて、どうやったら、そんな結論に至るんだよ。意味がわかんねえって」
「うるさいうるさい! こんなに物事が都合良くいくわけがないの。だけど、あんたが、あの仲間って考えたら全ての意味が繋がったわ」
「まてまて、じゃっ、じゃあ、証拠は? 証拠はどこにあるんだ?」
「証拠? そんなもんあるわけないじゃない。私の勘なんだから!」
 勘かよ!
「あんたを殺して、あの女も殺す。それで世界が救われるんなら安いもんでしょ」
 再びの横薙ぎ一線。咄嗟に身を屈めて避けるが、髪の毛が数本床に落ちた。勘で殺されてたまるもんか。
「いやいやいや、勘とか勘弁してくれ。論理的に説明してもらわないと死んでも死にきれん」
「うっさい。さっさと錆になりなさい!」
 刀を振り上げ、一気に振り下ろす。俺は刀筋から避けようと床を蹴るが、リノリウムの床で滑ってしまい。不格好に転げてしまった。
「あんたとの生活は少し楽しかったわ。できればこれからも続けたかった……でも、これは私の使命。来世でまた会いましょう」
 こりゃ、詰んだな。どこで、俺の人生が狂ってしまったのか、考えてみるが、さっぱり岐路がわからない。まあ、恐らくは入学式の日にあいつに出会ってしまってからだな。
 刀が振り下ろされ空気を切る音が聞こえる。だが思いのほか痛みはなかった。これで、俺はこの世からいなくなるのか。こんなことなら、もっと人生をエンジョイしてもよかったな。退屈だと思ってたけど、いざ失われるって時には後悔しか思いつかない。
 もうそろそろか、意識が遠くなって、三途の川が見えてくるのかな? にしては、やけに時間がかかるな。地獄の門番の姿も見えないし、そんなにもあの世は遠いのだろうか。
「……あれ?」
 試しに目を開いてみるとリノリウムの床が見える。もしかして、俺って死んでない?
 そのまま視線を上に向けると、刀を振り下ろしたままのゆきねが見えた。だが、その腕は小刻みに震え、刀に力を込めているのはわかるのだが、何故か俺は何の傷も負っていなかった。
「……なぜ……」
 驚愕の表情を保ちながら再度刀を振り上げ、振り下ろす。だが、その刀は何かにガードされているかのように目の前でピタリと動きを止めたじゃないか。何が起こっているかわからずに呆然とする俺を他所に、
「排除することが……できないなんて……あんたは何者なの……」
 呆然とした表情になりつつ、ゆきねは視線を俺に向けた。
いやいや、何者と言われてもねえ。一般男子高校生としか答えようがないが。
「…………」
 ゆきねは、無言部分を多くしたように俺を暫く見つめると、踵を返し教室の出入口に向かってしまった。戸の前で立ち止まると、普段からは想像もできない冷めた声で、
「あんたの存在はイレギュラーすぎる。もう少し観察することが必要と判断するわ」
 そういい残し。廊下を静かに歩き出した。
「おい、待てよ」
 やっとの事で絞り出した声にゆきねは歩みを止めた。
「なんで俺が巫部の仲間だと思ったんだ?」
「だって、あの女とあんなにも親しく話してたじゃない。それに、こんなにも色んなことが一気に起こるなんて何かおかしかったのよ。今までは何の進展もなく何年も過ごしてたんだから」
 こちらを振り向かずただ、淡々と言葉を紡ぐゆきね。
「親しくって、ありゃ、ただ単に巻き込まれてただけだぞ。親しくというか、一方的に命令されてただけと思うが」
「うっさいわね。私がそう判断して、行動した。これについては後悔していないわ。でも、あんたが斬れないってことは想定外だった。この原因をつきとめないと。それまでは、生かしておいてあげる」
 そう言って再び歩を進める。だが、教室を出るその直前、
「良かった……」
 そんな言葉が聞こえた気がした。
とりあえず、生命の危機が去り、当面は生き長られるということらしい。ここにいてもしょうがないので、家に帰ろうかと教室を振り返ると、ネクタイの切れ端が視界に入り、 胸のあたりを見下ろすと、確かにシャツが裂け、赤い筋が覗いていた。もう少しずれてたら、本当にヤバかったんじゃないのか? でも待て。確か、俺は決定的に斬り殺されそうになった。だが、切っ先が肩口に来たところでガードされたように止まったよな。ゆきねも「斬ることができない」って言ってたし。一体何がどうなって俺がころされなきゃならんのだ。
 電車に揺られながらそんな事を考えてみたが、さっぱり見当もつかない。巫部と仲がいいからと言って殺されてはたまらないよな。 

 四月も終盤に差し掛かった。

 俺は相も変わらず巫部に付き合わされている。まあ、こんな生活にも慣れてしまったな。遺憾ながらだが。
 それにしても、巫部はいつもどうりなのだが、ゆきねの方はあれっきり顔を見る事はなかった。以前は平気な顔で学校に侵入し、我が物顔で居候を決め込んでいたのに、あの事件以来見ていない。まあ、当面は生かしておいてもらえるらしいからな。
本日も夕刻になりやっと解放された俺は疲労と共に家路へと急ぐ。今日も早めに寝て明日に備えないと体がもたないなこりゃ。
 家に到着し、キッチンで水を一気に飲み干し、一息つく。今日は麻衣がきていないので、夕食は何にしようかなあ、と一人冷蔵庫の前で悩んでいると、唐突にリビングのドアが開いた。
 麻衣でも来たのかと顔を捻ると、そこに居たのは以前俺をマジで殺しに来た少女だった。
 なぜだろう、今の俺の心境は驚愕でも恐怖でもなく、ただただ安堵感だけだった。久しぶりに見たゆきねの表情は、何の変りもないが、一つ違っている所は、少し雰囲気が暗くなっているってこだ。
「…………」
 ゆきねは何も言わずただ立ち尽くしている。