「そういえばさ」
 とりあえず、学校に侵入うんぬんは、置いておいて、
「そのニームとやらを探すのは、俺も手伝うのか?」
「そうよ。当然じゃない」
 当たり前の事に「何言ってんの?」と続きそうな程の勢いで返答するゆきね。
「いや、実は、放課後は……何と言っていいかわからないのだが、ちょっと用事があるんだよ」
「用事?」
「ああ、ちょっと野暮用があるんで放課後は手伝えないんだけど、いいか?」
「うーん」
 ゆきねは右手を顎に宛がい少し考える仕草をすると、
「まあ、いいわ、放課後は勘弁してあげる。ただし、休み時間と昼休みはちゃんとさがすからね」
 やれやれ、巫部といい、ゆきねといい、何故俺が何やよくわからないものを探すはめになっちまってるんだろう。
 辟易としながらも、ここで唸っていても仕方ないと、疲れきった体に鞭を打ち、夕食の準備を始めるのだった。
 翌日、今日も何の変哲もなく学校につつがなく到着する。だが、今日はいつもと少し違う。俺の後では、少し不機嫌そうに歩くゆきねがいるのだ。
 前を歩く俺に付かず離れず一定の距離を保つゆきねは、周りの景色を眺めながら至って余裕ってな感じだ。いや、これからこいつは不法侵入をするのだが。
「ねえ」
 これからどうするのか、ばれたらどうするのかと、正規の生徒であるはずの俺があれこれと考えていると、後から声が発せられた。
「ん? なんだ?」
「あんたさ、ニームはどんな奴なんだと思う?」
「うーん。どだろうなあ、何かの物語的だと、世界滅亡を企む悪い奴? みたいな感じか?」
「はあ? あんた馬鹿なの? 前に言ったじゃない、ニームは無意識で平衡世界を作り出しているのよ」
「ああ、そうだったな。だけど、そんな感じじゃさっぱり見当はつかないな。見た感じじゃわからないんだろ?」
「そっ、そうだけど、だから聞いているんじゃない」
「まあ、意外に普通の奴かもしれないな」
 そう言って俺は再び校舎に向け歩を進めようとすると、ゆきねは俺に並び、
「でも、ニームである以上、何らかの原因があると思うの。それはどんなことか私にはわからない。でもね。心が充実している人はニームになるとは思えないの。何かしら心に傷がある人がニームになるものだと私は思うわ」
「そんなもんかねえ。心に傷なんて漫画や小説の世界だけじゃないのか? 実際には、そんな奴はいないんじゃないのか?」
「それは私にはわからないわ、私は可能性を言ったまでよ。だけどね。平衡世界を作り出すほどの強い思いは、あんたを始めとする普通の人間には絶対生まれないのよ」
 へいへい、普通で悪かったねえ。
「まあ、いいわ。ニームを見れば私が分かるもの。さあ、急ぎましょう」
 そう言ってゆきねは、俺の前方を歩きだす。やれやれ、今日はこのまま無事でいられるのだろうか。
 校門が近づくについれ、若干俺は緊張していた。なんたって、俺の横には、堂々と不法侵入しゆとしている輩がいるんだからな。一歩一歩がやたらと重く感じるぜ。
 数分後、俺は教室の前にいる。結果から言うと、先ほどまでの緊張感はあっさりと杞憂に終わった。なんの疑いもなく、ゆきねは俺と教室の前までやってきてしまったのだ。まったく、無駄に緊張して朝から疲労感満載だな。
 何の気なしに教室の戸を開けようと引き戸に手をかけると、勢いよく戸が開きやがった。
「うおっ!」
「何が、『うおっ!』よ、朝っぱらから何やってんの」
 目の前にいたのは、いつもの不機嫌顔で俺の目の前に立つ巫部だった。
「何? あんたは、朝から奇声を発するのが趣味なの? だったら文句も言わないけど、痛い人にしか見えないわよ」
「そんな趣味は断じてない。誤解するな」
「まあ、いいわ、今日もまた探すからね。放課後は楽しみにしてなさい」
 そう言うと巫部は、まっすぐ前を向いて廊下を歩いて行った。
「……」
 無言のまま、俺は巫部の後姿を見送ってしまった。やれやれ、今日もなのか、と、辟易としていると、不意にゆきねが視界に入った。
「…………」
 俺以上に無言で、巫部が歩いていった方向を見つめていた。
「どうしたんだ?」
 いつもは喧しいほどだが、今ゆきねはどうだ? 呆けたように視線は中を彷徨っている。まるで、幽霊でも見たかのように。
「どうした?」
 俺の問いかけにも気づかないように、遠くを見つめていた。
「おいっ」
 少し強めに呼びかけると、
「ハッ……なっ、何?」
 やっと我に返ったようだ。しかし、ゆきねが、ボーっとするなんて、珍しいこともあるもんだ。