「そうなんだ。この街は慣れましたか?」
「……まあね」
 仏頂面で返答するゆきね。
「あっ、あのう、ええと、あっ、そうだ、こんなところじゃ何なんで、中へどうぞ」
 少し困った様子の麻衣はゆきねを居間へと案内するのだが、ここの家主は一応俺なんだぞ。
 居間のソファーに三人が座り、それぞれの目の前にはやわらかな湯気が出ている湯呑が置かれているのだが、何なんだこの気まずい感じは。三人とも無言で、聞こえてくる音といったら、お茶を啜る音のみだなんて、浮気相手が乗り込んできたらこんな感じなのかなあ、なんて現実逃避しても始まらない。なんとかしてこの場を打開しないと。
「あっ、あのう」
 だが、意外にも最初に動いたのは麻衣だった。
「今日もいい天気ですね」
「そうね」
 ゆきねは、素っ気なく一言。
「転校してきたって、前はどこに住んでたんですか?」
「遠いところ」
「お友達はできましたか?」
「まあね」
 終始こんな感じ。気を使って麻衣が話かけるものの、ゆきねは何故か不機嫌で顔すら合わさずお茶を啜っているだけだった。
「ええと……」
 ついに麻衣のネタが尽きたようだ。会話をしようと試みても相手にまったく反応がないんだもんな。宇宙人と会話しているようなもんだろ。
「えっと、じゃあ、私は帰るよ。御巫さん。ごゆっくり」
 そう言って麻衣は会釈するとエプロンを外した。
「そっか、じゃあ、外まで送るよ」
 ここで何のフォローもせずに麻衣を送り出してしまうと何の誤解を与えるかわからない。とりあえず俺は麻衣を追って玄関を出た。
「今日はありがとな」
「ねえ、御巫さんって大人しい子だね」
 あの仏頂面をそう取るか。
「人見知りっぽいから私たちがお友達になってあげないとね。あの様子じゃクラスでもお友達できないんじゃない?」
「そっ、そうだな」
「私も頑張ってお友達になれるように頑張ろうっと」
 そう言って麻衣は何故か気合いを入れると、
「じゃ、お互い頑張ろうね」
 意味不明の言葉を残し帰っていった。
 しかし、さっきの会話からどうやったらそんな結論がでるのだろうか。大人しいというか、どっちかって言うとずっと不機嫌な感じだったような気もするが。まあ、何にせよ。深く追求されなかったということは麻衣が天然で助かったということだけだな。
 とりあえず、居間へと戻りお茶を飲みながらどうしたものかと思案していると、
「…………」
 ゆきねは、何故か俺を無言で見上げていた。
「な、なんだよ」
「ふーん。そういう事」
「何が?」
「さっきの、彼女?」
「ぶはっ」
 お茶を勢い良く吐き出してしまった。
「なっ、何言ってんだよ。そんなんじゃないって!」
「ふーん。そう、何でもない人がワザワザ他人の家で待ってる訳ないじゃない?」
「いやいや、麻衣は幼馴染でさあ、時々ああして飯を作りにくるんだよ」
「飯って、あんた両親は?」
 言ってから「ハッツ」っとしたように、手を口に沿えるゆきね。
「残念だが、単に海外赴任なだけだ」
「あらそう、じゃあ、あんたは今一人暮らしってこと?」
「まあ、そうなるな」
「ふーん。そう」
 何かを考えているような素ぶりだな。
「ねえ、さくらはどう思う?」
「そうねえ」
 そういえば、この猫の存在を忘れていた。
「いいんじゃない。ここに住まわせてもらえば」
「そうね、やっぱりそうよね。うんうん、そうするわ」
 あのうゆきねさん。やっぱりそういう結論になるのですか?
「じゃ、ここに住まわせてもうらうってことで決定ね。居候? ってな感じで」
「いやいや、やっぱおかしいって」
「だって、しょうがないじゃない。私たちはこっちの世界じゃ行くところがないんだもん。それに、一緒に住んででいれば色々都合がいいんじゃない?」
「なんで都合がいいんだよ?」
「あんたも手伝うんだから、都合がいいに決まってんでしょ」
 当然のように言い放つゆきねだが、理不尽すぎる。
「さて、じゃあ、私の部屋はっと……」
 物色するように二階へと歩を進めるが、やっぱこうなっちまうのか。なんの因果なんだよ一体? これからどうなるのかを考えると暗澹たる気分しか思い浮かばないのだが、本当にどうなっちまうんだろう。