「私にはゆきねって言う名前があるの! お前じゃないわよ、まったく」
「はいはい、じゃあ、ゆきね達はニームを追ってこの街に来たのか?」
「なんか、あんたなんかに名前で呼ばれるのも気にくわないんだけど、まあいいわ。その通り、私とさくらはニームの気配を察知してこの街に来たの。ニームが平衡世界やバグを作り出せば、私は感じることができる。でも今はまだその気配が微弱だから近づかないと発見できないの」
「じゃあ、とりあえず見える位まで近づけばわかるってことか」
「そう、只ならぬ雰囲気を持っている人がそうね」
 そんな事を喋りながら商店街を端まで歩いてみるのだが、只ならぬ雰囲気ってどう探せばいいんだ? とりあえず周囲を注意深く探ってみるが、当然のように見つかるはずもない。悪戯に時間だけが容赦なくすぎてゆき、結構な数の星が瞬きはじめた。
「今日はもうダメね。続きは今度にしましょう」
「そっか、じゃあ、今日はこれで解散だな」
 駅から街中を抜けて商店街を闊歩しまくった俺の足は、棒ではなく金属になりかけていたが、これでやっと解放されるらしい。せっかく巫部から逃れられたと思ったら、今度はこっちだなんて、本当に疲れる一日だった。こんな日はさっさと帰って風呂にでも入ろう。
「さっ、こんなところにいないでさっさと帰りましょう」
 もう用は済んだとばかりに踵を返し歩き出すが、ここで俺は一つの疑問が浮かんだ。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」
「なによ」
「なあ、帰るって一体どこに住んでんだ?」
「はあ? 何言ってんのよ」
 心底あきれたように眉を八の字にしたゆきねは、
「決まってるじゃない。あんたの家よ」
 とんでもない事を口にしやがった。
「ちょっと待て。なんで俺の家なんだよ」
「前に話したでしょ。一人じゃ危ないって。この前はたまたま私が助けられたけど、毎回助けられるともかぎらないでしょ。でも、一緒に暮らせば家の中では大丈夫。学校じゃ私が常に見張っていてあげるから。そうなればあんたも安心でしょ。それとも何? 文句があるっての?」
「いやいや、大ありだ」
「うるさいわね。あんたは黙って私の指示に従ってればいいのよ」
 そう言って歩き出したのだが、傍若無人って言うのはこういう事を言うんだろうな、きっと。

 しかし、これはものすごく面倒な事に巻き込まれたもんだ。なんとかこの危機を回避できないものか。ここはなんとしても家に帰るまでに説得しなくてはな。
 
 三十分後、俺は家の前に居る。結果から言おう、説得は不調に終わってしまったのだ。俺の横には少し不機嫌そうなゆきねがいる。ここまでの道すがら、必死に説得を試みるも、まったくの効果なしだ。釈迦に説法、馬の耳に念仏。どんな慣用句を用いても例えることのできない戦いがそこにはあった。しかし、結果として俺は事に破れ、こうして家に到着してしまったのだ。ここまできたら腹を括るしかないのか?
「さあ、入るわよ」
 家主より堂々としてドアを開けると、
「おかえりなさいー」
 そんな声とともに麻衣がキッチンから顔を出した。が、その顔は一瞬のうちに驚愕の表情となる。
「あっ、あれ? 誰?」
 首を傾げながらゆきねを見つめる麻衣なのだが、何故、お前が俺より先に家にいるんだ。そっちの方が都市伝説級の謎だ。
「いっ、いや、ちょっとな。これには色々訳が……」
 極めて冷静に、何も悟られないようにと説明を試みるも、
「お友達? はじめまして、夕凪麻衣です」
 丁寧にお辞儀をする麻衣。一方こちらは、
「御巫ゆきね」
 髪をかきあげながらぶっきらぼうに答えていたが、御巫って苗字だったのか。しかし、俺の周りにはヘンテコな苗字ばっかりだな。
「何組の方ですか?」
 頭を上げた麻衣はにこやかな笑顔を作っている。
「……」
 ゆきねは何も答えられない。そりゃそうだ、こいつは、制服は着ているものの、単に不法侵入しているだけなのだからな。だが、ここは、何とか切り抜けなければ。
「いっ、いや、実は転校生なんだよ。今日転校してきて、ひょうんなことから俺が学校と街を案内してたんだ」
「ふーん」
 なんだか納得したような麻衣。天然で助かった!