「動物のしっぽ? なのか?
 動物の毛の塊、良く見ると獣のしっぽのように長いものが天笠さんの腕にまとわりついており、その拘束力で動きを封じられてしまったらしい。いくら力を入れようともその拘束は協力で、手をプルプルと震えていた。
「あらあら、戦況はちゃんと見極めなくちゃだめよ、ゆきねったら戦いになると夢中になっちゃうんだから」
 この聞いたことのあるお気楽な声は間違うはずもない。昨日散々聞かされた使い魔さくらのものだった。
「ふん、でも、こうして無事に勝ったんだからいいじゃない」
 汗だくでゆきねを睨みつけている天笠さんとは対照的に、余裕たっぷりのゆきね。おいおい、今はそんな状況じゃないですよ。
「こっ、この! ふざけるな!」
 天笠さんは渾身の力で刀を振り払うが、振り払われ長刀はそのまま切っ先を翻し、天笠さんの首筋に宛がわれた。
「くっ!」
 天笠さんが焦りの表情にみるみる変化していく。俺を余裕で殺そうとしたのに、いきなりのゆきね登場、しかも、隠し武器により勝利を確信した瞬間の大どんでん返し。
「勝負あったわね」
「くっ、殺しなさいよ。どうせこ人類は滅亡の道を辿るのみ、遅かれ早かれ皆リセットされるんだから」
「そう、じゃあ、楽にしてあげる」
 ゆきねの腕に力が籠められる。その切っ先を少しでも動かせば天笠さんは赤い液体をばら撒いて絶命するだろう。そんな、逃げ出したいほどの場面で天笠さんはやけに落ち着いている。もう、死を悟ったからなのか。彼女はゆっくりと目を閉じた。
「ふんっ!」
 だが、次にゆきねがとった行動は、意外なものだった。長刀を天笠さんの首筋から離すとそのまま鞘に納めてしまった。その場にへたり込む天笠さん。
「まあ、気が変わったわ。あんたを倒すのは簡単だけど、ここで殺しちゃったら目覚めが悪いからね。貸一つってことで」
 そのまま踵を返すと、俺の方へと向かって歩を進めた。一方、天笠さんはというと、
「私たちは必ずこの世界をリセットさせる。それをあなたは、世界の隅っこで指を咥えて眺めていなさい。いい、私たちは必ず目的を達成させるから。それと、ここで、私を殺さなかったことを後で後悔させてやるわ!」
 最初の方は良かったが、後半は思いっきり下っ端属性な捨て台詞を吐き、走り去っていった。
「……」
 今まで壮絶な命のやり取りを見せられていた俺は言葉が出ない。そりゃそうだろ、生きるか死ぬかの瀬戸際をこんな目の前で見せられたんだ。今まで平々凡々と生きてきた俺には、かなり刺激が強すぎだ!
 そんな思いに耽っていると、ゆきねの顔が目の前にあるじゃないか。
「もう、だから忠告したじゃない。奴らにマークされているって。今回はたまたま助けに来られたけど、もう少し遅かったらあんたはそこに転がってたのよ」
 なんとも恐ろしいことをさらっと言いやがる。
「まあ、いいわ。当面の脅威は去ったから、これでやっとニーム探しが本格的に始められるわね」
「そうね、と言いたいところだけど、いい、ゆきね。さっきも言ったけど、あなたは熱くなると視野が狭くなるきらいがあるわそこをなんとかしないとね。いつか、あっさりやられちゃうわよ」
「いいじゃない、さくら、勝ったんだから、結果が全てだって」
「勝ったからいいってものじゃありません。いいですか……」
 さくらの説教が始まったところで、ゆきねが不意に振り返った。
「ほら、何してんの、行くわよ」
「あっ、ああ」
 あんな戦いがあったにもかかわらず、余裕の表情のゆきねに、ああ、こいつらは本当に俺の知っている世界の存在じゃないみたいだな。と、ぼんやりと思ってしまった。
 ゆきねと別れ、田んぼ道をぼんやり歩きながら、さっきの出来事について思い起こしてみるが、しかし、ゆきねも天笠さんも本気で殺し合っていた。本気で命のやり取りをしていたのだ。今までテレビや小説なんかの中でしたみたことのない世界。金属と金属が派手にぶつかり合い、散る火花。お互いの命を狙った吐息。どれをとっても、今まで淡々と生きてきた俺には縁のない光景だった。だが、あの時の息遣い、二人を目で追うことしかできない緊迫感を顧みるに、あれはまごうことなき現実で、到底忘れられそうにない出来事だ。ということは、本当に俺はあのゲームや漫画のような世界に巻き込まれちまったってことなのか? 俺に主人公属性なんてある訳ないし、何が一体どうなってやがるんだ。
 とは言ったものの、あれは夢ではない訳で、この現実を受け入れなければならいのか。久々に吐いたため息は、茜色に染まった空に虚しく消えていった。