「私達天笠研究所は、この先の人類はいかにあるべきかを研究するために立ち上がったのよ。でも、研究を進めれば進めるほど、この先の人類に明るい希望はない。いくら、化石燃料を減らし、自然エネルギーを使ったって、たかが知れている。人類の欲望は飽くなきものだから、しばらくすればまた化石燃料を奪い合い、地球を傷つける。このまま地球を痛め続ければどうなると思う?」
「どうなるって……」
「最終的に地球のエネルギーはゼロになるわ。人類はいなごの大群と同じよ。資源を貪り続け最終的には空にしてしまう。唯一違うところは、他に逃げ込む場所が無いってこと。資源を食い尽くした人類に待っているのはそう、滅亡しかないのよ」
 いきなりの大演説だが、この女は何を言ってるんだ? 地球のエネルギーだの滅亡だの。いきなりすぎて言っている意味が半分もわからん。
「私達は悩んだわ。人類が生きていくにはエネルギーが必要。でも、そのエネルギーの大半は地球の生命。人類が生き長らえても地球が死んでしまっては元もこうもないわよね。この永遠の命題に直面したとき、答えがでたの」
「答えって」
「そう、こんな閉塞しきって先の無い人類ではなく、この世界を新しい人類に託してはどうかってね。そう考えると全てが解決するわ。このまま資源を貪り続けるのならば、その人類がいなければいい。でも、人類を存続させたい。なら、いったん全てをリセットし、新たな人類に世界の行く末を任せてもいいのかもしれないって」
「なっ、何言ってんだよ。人類を滅亡させるなんて」
「滅亡とは言ってないわよ。全てをリセットさせるの」
「同じじゃないか! でも、どっ、どうやって」
「簡単じゃない。あなたは、狩人からバグの話を聞いたんでしょ? バグがこの世界を覆うとどうなるのかしら」
 確かに、昨日ゆきねとさくらがバグについて話をしていたような気がする。バグがこの世界を覆いつくすと、えっと、確か『バグに覆い尽くされた世界はその自浄作用により元に戻ろうとするわ。そなったら世界はその根源である人間を排除すると言われてるの』ゆきねの声で鮮明にリフレインする言葉。そうだ、人間を排除って、滅亡のことじゃねえか。
「わかったようね。平衡世界のバグがこの世界を覆い尽くせば、地球は防衛反応として、今まで被害を受けていた人類を排除するのよ」
「でっ、でも、結局は人類がいなくなってしまうんじゃ」
「私達の研究によると、この世界は人類を排除後、また新たに生命体が生まれると言われているわ。その生命体が進化を続ければ何億年後かには、再び人類が誕生するかもね。でも、その間、地球はだれからも傷付けられない。再びたくさんの資源を貯め込むことができるわ。だから、私達は、バグが世界を覆うように観測しているの。いつか来るその日までね」
 なんて壮大は話なんだ。この世界をリセットし、また、生き物を太古の生命体からやり直しさせるなんて。もう、話が大きすぎてついていくのがやっとだ。
「と、いう訳でバグを排除する狩人が邪魔なのよ。バグを刈られていたらいつになってもこの世界を覆わないからね。そうしないと私達の研究も進まないもの。でも、安心しなさい。あんたは、一瞬にしてリセットされるんじゃなくて、ちゃんと痛みを感じて人間らしく死ぬことができるんだから」
 再び銃口が俺に向けられる。おいおいマジかよ。本当に俺はここで殺されちまうのか? ゆきねに聞いた話といい今日のこの出来事といい、もう、日常が恋しくなるくらい非日常なことに来ちまっている。
 動くことも逃げることも叶わず、掲げられた銃口を見つめるしかない俺。ゆっくりと彼女の親指が撃鉄にかかる。ああ、あの人差し指が動いた瞬間、俺の人生も終わるんだな。なんて、死の間際に以外と冷静なんだな。
 彼女の表情がわずかに動く、そしてさきほど聞いたばかりの破裂音!
「パァン!」
「キィン!」
 さらに重なる金属音。

 胸に激痛が走り、俺の意識が暗い池の中に沈み込むように薄れ…………てない?

 確かに銃声は聞こえた。直前までの銃口は俺を確実にロックオンしていたし、俺は銃を発射したと同時に逃げるなんて反射神経は持ち合わせていない。じゃあ、今、ここで何が起こったんだ?
 反射的に瞑ってしまった目を恐る恐る開くと、目の前には、小柄な女性生徒の背中が見えた。その向こうには、驚愕の表情となった天笠さんが呆然と立ち尽くしているじゃないか。
「だから言ったじゃない。奴らにマークされているって」
 振り返らずに聞こえるその声は間違うことのない、あの日、俺を訳のわからない厄介ごとに巻き込んでくれやがったゆきねのものだった。
「なっ、何で君がここに……」
「説明はあとよ」
 言うと同時にゆきねは天笠に斬りかかった。我にかえった天笠さんは咄嗟に銃を構えるが、ゆきねの方がわずかに早かった。しかし銃で受け止められてしまう。しばらくは力と力が拮抗していたが、天笠さんは左足を踏ん張ったまま、右足でゆきねを蹴り飛ばした。
「くっ!」
 後方に吹っ飛ばされながらも、見事に着地を決めたゆきねに、天笠さんは立て続けに二発銃を見舞う。ゆきねは、華麗な跳躍で右の空間に飛び込むと再び斬りかかった。
 だが、そこで俺がみたものは、左手に銃を持ちならが、背中に回した右手にナイフを握っている天笠さんだった。ここでゆきねが斬りかかり銃で受け止められてしまうと、天笠さんの右手がゆきねの左わき腹をとらえてしまう。しかも、ゆきねは両手で長刀を握っているもんだから、死角からの一撃に対処が遅れてしまう!
 咄嗟に危ないと叫ぼうとするが、時既に遅し、ゆきねの一撃を天笠は左手に持っている銃で華麗に受け止めていた。万事休す。天笠さんの右手がスローモーションのように、ゆきねのわき腹へと達しようかとする刹那……。
「えっ?」
 この声を発したのは天笠さんだ。優位に立っていたはずの彼女の声に右手を見ると、ゆきねのわき腹に届くか届かないかくらいで止まっているじゃないか。しかも、その手を良く見ると……。