背後を振り返れば、ななみちゃんが少し離れた場所からこちらを見ていて、こんな風に宮原君と話している自分がいたたまれなくなった。
「ほら、ななみちゃんだよ。ザッハトルテ、作ってきてくれているんじゃない?」
おかしくもないのに笑ってからまた半歩下がると、宮原君の眉間にシワが寄った。
もう一度後ろを振り返ると、ななみちゃんが可愛らしい包みを持ってこちらへ向かってきていた。お目当てのチョコと彼女の登場。
「本命チョコじゃない?」
一言告げて、私は踵を返した。
ななみちゃんとすれ違い少ししてから振り返ると、彼女は嬉しそうにはにかんで宮原君へチョコを渡そうとしていた。
席に戻った私は少し乱暴に引き出しを開ける。隣の席のミカが、そんな私の行動に驚いているのがわかった。けれど取り繕う気力もなくて、作ってきたガトーショコラの入った袋を掴んで席を立つ。
小走りにフロアから出たあとは通路を一直線に行き、一番奥にあるゴミ箱へと向かった。少しでも期待して作ってきた自分がバカみたいで、どうしようもなく泣けてくる。
ふられるのが恐いくせに、何で作ってきたりしたんだろう。
気持ち悪いってまた言われちゃうだけなのに、どうして期待しちゃったんだろう。
あの頃の自分と何一つ変わっていない。少しの成長もないことが、情けなさ過ぎて笑えてくる。
袋の取っ手を握りしめ、ゴミ箱へ捨ててしまおうと持ち上げた――――。
「待ってっ!」
止められた声にびくりとして振り返ると、宮原君が慌てたように走り寄ってきた。
「捨てるくらいなら、俺にちょうだいよ」
今まさにゴミ箱へ投げ捨てようとしていた袋を私の手からさらった。
「俺のために作ったんでしょ?」
違うといいそうになって口籠もった。はっきり否定できないのは、こんな風に来てくれたことへ期待をしてしまっているから。
「ななみちゃんがチョコくれたでしょ」
それでもまだ素直になれなくて、返してというように手を伸ばすと、宮原君は子供みたいに袋を高く上へ持ち上げた。
「彼女からのは受け取らなかった。俺が欲しいのは、こっちだから」
「どうして? 手作りだよ。気持ち悪いでしょ?」
「だから、なにその気持ち悪いってやつ。俺なら大歓迎だし」
そういったと思ったら、中に入っているガトーショコラを取り出した。
「すげー。売りものみたいじゃん。食べていい?」
感動したような笑顔を見せると、良いとも悪いともいう前にラッピングをあっという間に解いて、ガトーショコラを口へと持っていった。
「うまっ。マジ、美味しい。この前のイタリアンで食べたやつなんて目じゃないよ」
「目じゃないって。宮原君、食べてないでしょ」
苦笑いで指摘したら、食べたよと即答された。
「関川さんが残していったガトーショコラ、あのあと食べた」
「えっ。どうしてっ。食べかけだよっ」
慌てて訊ねたら。
「関川さんのだから、いいかなって」
屈託無くいって笑うから、なんだか力が抜けてしまう。
「これ、本命ってことでいいかな?」
ガトーショコラを手にして宮原君が訊ねる。良いも悪いも答えは初めから出ている。
私がコクリと頷くと、よっしゃというように空いた片手が拳を握った。
「よかったー。こんな荒技使ったけど、正直めっちゃ緊張してたんだ」
ほっとしたような顔の後には、一瞬の間に唇が触れた。
驚く私に、しーっと口元へ人差し指を置く。
「関川さんの唇、甘いね」
それは宮原君が食べたガトーショコラが甘いからだよ。
心の中で言い返し、甘く塗り替えられたガトーショコラとクシャリと笑う宮原君に笑顔を見せた。



